天才少年はいかにしてチャンピオンとなるのか?ピッドコック成長の理由。
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ベルナル、ソーサ、イヴェネプール、ピッドコック…。次々と自転車ロードレース界に期待の新人が現れています。

サガンやクウィアトコウスキーの再来を予感させる活躍。

そこで今回の記事のテーマは、

才能ある若い原石は、いかにしてチャンピオンとなるのか?

ということ。

今話題のトム・ピッドコックへのインタビューをベースに、科学者やコーチ、スポーツ心理学者の知見を踏まえたCyclingWeeklyの記事があったので読んでみました。原題は"Talent or training? How a gifted young rider becomes a champion"(才能?それともトレーニング?若き天才選手はいかにしてチャンピオンになるのか)

話が飛んでる部分があって少し読みづらい点が残念なのですが、結構興味深いデータや主張もあったので、私見を踏まえてまとめてみました。

結論から言えば、「チャンピオンになれるかは才能で決まる。才能を開花させられるかどうかは、その選手自身が正しい練習をできるかで決まる。コーチはそのサポート役になりうる。」

お楽しみください。

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才能は、存在する。

本気でスポーツに取り組んだことがある人なら、一度は思うこと。

それは「この世には才能というものが存在する」ということです。

でも、スポーツの世界は才能だけで勝てるほど甘い世界じゃありません。

それでは原石は、いかにしてチャンピオンとなるのか。

それがこの記事の内容です。

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(2008年のジュニアシクロクロス世界選手権で2位となったサガン)

肉体的な限界はDNAで決まってしまうのか。それともトレーニングで限界を超えられるのか。

アメリカのロヨラ大学のスポーツ生理学専門家、ローラ・デュガス博士らのグループは、10代の若いアスリートを対象にした研究である事実を明らかにしました。

それが、DNAによる身体能力の差は確かに存在する、ということ。

言い換えれば、トレーニングは大事だがそれだけで選手の成績は予測できない、ということです。

スポーツ関係者の間で一時期話題となった名著「スポーツ遺伝子は勝者を決めるか? アスリートの科学」(デイヴィッド エプスタイン著)でも、同じようなことが説明されています。

今まで一部の間で信じられてきた「一流・天才と呼ばれる人は、例外なく1万時間の練習に打ち込んでいる」という「1万時間ルール」は間違った概念であると証明したのです。才能がなければ、1万時間練習したところで、誰しもが才能を開花させる事はできないのです。

注意してほしいのは、ここで議論しているのは「日本一になる」「世界一になる」レベルの才能の話ということです。

すぐそばにいる人たち、その全員にあなたが勝てないのなら、それは「あなたに才能がないから」ではなく、おそらく練習不足です。ちゃんと練習さえすれば、ベースを身につければ、周りにいる人達よりは簡単に上に行けるはず。

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(写真:2006年のU23世界選手権TTにケニア代表として出場したフルーム。コミッセールと接触し落車。)

才能の話に戻ります。

当たり前の話なんですが、才能があるだけじゃ意味がなくて、正しいトレーニングを積まないとその才能は開花しません。

気付かれることなく埋もれている才能だっていくらでもあります。

埋もれてしまう一つの原因が、間違ったトレーニング。

なぜなら、間違ったトレーニングは、燃え尽き症候群や故障につながるからです。

先述のデュガス博士の別の研究では、もう一つの興味深い示唆があります。

“Inappropriate training as a developing rider can lead to burn-out, which may impact upon outcomes later, as an adult athlete,” says Dugas. “Our research group has published on this subject extensively. Young athletes who specialise too early are at a considerably higher risk of sports-related injuries, particularly overuse injuries which take much longer to heal.”

According to Dugas, early specialisation is crucial only in sports that rely heavily on technique and hand-eye coordination, such as golf and tennis. In an endurance sport like cycling, a youngster may pay a heavy price for narrowing their focus too early.

“I am also wary of too many hours [of training],” adds Dugas. “Our data was clear that, for kids, as soon the number of hours per week of training exceeded their age, the risk of overuse injury jumped significantly.


(抄訳:過度なトレーニングは勿論のことながら、若いうちから特定のスポーツに絞ってトレーニングをしてしまうこと自体が、スポーツ障害の原因となりうる。英才教育が効果的なのは、ゴルフやテニスなど、目と手の動きが重要なスポーツだけ。自転車のような体力スポーツは、子供の頃から特化させるべきものではない。具体的な数字で言えば、若い選手にとって、週あたりのトレーニング時間がその年齢以上になると、オーバートレーニングのリスクが急激に上昇する。)

ローラ・デュガス(スポーツ生理学専門家)

例えば、15歳の少年であれば、週15時間以上トレーニングをすべきではないし、そのうちの3分の1程度は特定のスポーツ以外の遊びによる体力づくりを心がけたほうがいい、というのです。

2008年ジュニアTT世界選手権で1位となったクウィアトコフスキー。
Inringより引用)

スイートスポットを探せ。良いコーチの条件とは。

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才能を開花させるために十分なトレーニングを積ませることと、オーバートレーニングになってしまうリスク。この2つのバランスを取ることは非常に難しいことです。

「トレーニング不足」と「オーバートレーニング」の間のどこかにあるスイートスポットを探し当てることは、コーチの仕事です。

ピッドコックは語ります。

“I first began using a training diary when I joined the Olympic Development Apprentices,” says Pidcock. “I started recording my training in Excel and my coach monitored it. That’s when it became structured, in my second year as an under-16.”

This monitoring added control, specificity and, whenever necessary, a degree of caution.

“There were specific things in the plan intended to make me better that I wouldn’t necessarily have chosen to do, like more time on the rollers or turbo, controlled training, and less time on the jumps.”

Pidcock pauses before wryly confessing: “Well, I say that, but on rest days I went to the dirt jumps anyway.”

(抄訳:僕がトレーニング日誌を付け始めたのは、オリンピック育成チームに入った15歳のときからだ。エクセルにトレーニング記録をつけて、コーチがそれをチェックした。そして、2年目の16歳の時には、トレーニング計画がより計画性を帯びてくるようになってきた。例えばローラー台での練習を増やして、ダートでジャンプの練習する時間を減らしたりして。まあでも、オフの日には勝手にダートのジャンプ台で遊んでたけどね(笑)。)

トム・ピッドコック

面白いことに、彼が16歳の頃のトレーニング記録を紐解いてみると、オフの日の自転車遊びを除けば、週あたりの練習時間が16時間を超えることはなかったようです。

これは先述のデュガス博士の「週あたりの練習時間は年齢を超えるべきではない」という理論とマッチします。

16時間って、少しでもちゃんと自転車競技してる人ならわかると思うんですけど、トレーニングで距離感が麻痺してくると結構すぐいっちゃうんですよね。

土日に5時間ずつ乗って、あと平日に3日だけ2時間走る日作ればそれでおしまいですから。

世界を目指して熱くなっている高校生なら、これくらいは乗っていても不思議ではない。

そこで歯止めをきかせてスイートスポットを探し当てるのが、コーチ陣ということになるのです。

若い選手のトレーニングは、データ・ドリブンじゃなくていい。

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イギリスの認定コーチ、マイケル・ギルフォードのモットーは、コントロールするのがコーチの役目と言っても、数字に縛られるべきじゃない、というものです。

“Development in power is likely to come mostly from natural physical growth, so setting goals like ‘improve 10-minute power from 200W to 300W’ may be unhelpful for a younger rider. It might be more appropriate to focus on a different area such as cadence.” According to Guilford, building good habits is more important than hitting numbers, since the numbers will change anyway as the rider grows.

(抄訳:若い選手にとって、10分間の出力を200Wから300Wにあげることに、意味なんてない。ハードなトレーニングをさせたいなら、ハードにこげ!といえばいい。

なぜって?身体が大きくなれば、パワーなんてついてくるから。身体の成長が著しい若い選手にとって、パワーは参考程度の数値にしかならない。それより、回転力とか練習に対する姿勢なんかのほうがずっと大事だ。)

マイケル・ギルフォード(コーチ)

他のスポーツから自転車に転身して成功する選手がいるのは、「練習する」ということがどういう事かちゃんとわかってるからだと、私も個人的に思っています。

トップ選手になりたいなら、トップ選手のように練習するのが一番の近道。

それは、同じメニューをこなすというのではなく、考え方を同じようにする、ということです。

考え方や、練習をするという習慣は、なかなか消えることはありません。

頭が柔らかい若いうちに、正しい思考方法を植え付けてあげることが長期的には大事になってくるのです。

I think this has played a big part in his dominance now. Successful athletes focus on progress in specific areas that will yield the performance they want, regardless of how uncomfortable it is.
(抄訳:成功しているアスリートは皆、自分が向上させたい能力にフォーカスしたトレーニングができる。それがどんなにきつくても、少しだけ自分の限界を超えたトレーニングができるんだ。)

マイケル・ギルフォード(コーチ)

今までの自分より強くなる。

そのマインドセットを本当の意味で持ち続けた選手が、トップへと登りつめていくのです。

若い選手の短期的な成績だけを追い求めるコーチは害悪でしかない。

確かにコーチは大事ですが、もっと大事なのは選手自身のモチベーションと、それを支えるトレーニングを一緒にする仲間です。

なぜなら、コーチが教えられることには限界があるから。

“If you hire a coach, they can easily tell you what training session to do to get fitter, but it’s more difficult to prescribe someone a session that teaches them how to sprint from a group of 120 riders.”

コーチを雇ったとしよう。たしかに彼らはどんなトレーニングをすれば強くなるかは簡単に教えられる。でも、120人もの集団の中でどうやってスプリントをすれば良いのかなんて、口だけで説明できることじゃない。

マイケル・ギルフォード(コーチ)

もしコーチが自分の教え子の成績に取り憑かれてしまった場合、若い選手へ過度な練習を強いることにつながります。

ピッドコックの場合は違いました。

どちらかといえば、コーチ達は彼が練習しすぎないようにセーブする立場だったのです。

“I’ve never been pushed too hard by anybody else, but I think I’ve pushed myself too hard. The winter before the 2017 Worlds, over Christmas, I did a lot of miles and ended up having to take five days off training, after I blew up. I’d done too much.”

僕は誰かにトレーニングを強制されたことなんて一度もない。2017年の世界選手権前の冬、僕はトレーニングをしすぎて身体を壊し、5日間の休みをとらなければならなかった。やりすぎたんだ。

トム・ピッドコック

その選手は、レースを楽しんでいるか?

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スポーツ心理学者のビクター・トンプソンは、若い選手たちの才能について、コーチ陣が「こいつは才能がある。」という思い込みを持ってしまい、色々とやらせてしまうことにも、選手の心理的なリスクがあると語ります。

He warns against making assumptions about younger riders, who are finding out everything for the first time. No matter how talented, they are confronted with new challenges that can be extremely daunting.

“De-emphasise the rider’s lack of knowledge or unfamiliarity with the task at hand, otherwise their fear will rise,” says Thompson. Instead, emphasise what they do know, and keep things simple. They know how to ride their bike, have an idea of pacing, effort levels and how they feel.”

(抄訳:どんなに才能に恵まれた選手でも、新しいチャレンジには怖気づいてしまうことが多い。だから、選手がなにかを知らなかったり、なにかを上手くできなかったとしても、口酸っぱく指摘しないほうが良い。むしろ、彼らが実際にやっていること、知っていることをベースに考えるべきだ。シンプルに伝えるんだ。別にコーチがわざわざ教えなくたって、みんな自転車の乗り方は知ってるし、ペースメイキングだって少しは分かっている。どれだけハードにこいだら、どれだけきつくなるかなんてことも)

ビクター・トンプソン(スポーツ心理学者)

だから、複雑な理論を説明するよりも、できるだけシンプルに、大事なことを何回も確認するのが良いのだそうです。

“Tell them what the course will be like; that their only obligation is to do their best and learn and take away
some positives. Preparation should be geared towards precluding stresses that could arise on race day or even on the start line.”

(抄訳:もし彼らに言うべきことがあるなら、コースの特徴とか勝負どころだとかそんなことだ。難しい話をする必要はない。たった一つ課題を課すなら、「レースを通して何かを学び、ひとつ良かったと思える動きをしろ」ということくらいだと思う。レースの日、もしくはスタートラインでは、できるだけストレスを減らしてあげることだけに集中すべきだ)

ビクター・トンプソン(スポーツ心理学者)

もちろん、何かと難しい思春期の選手には、トレーニング以外にも様々な心理的なチャレンジがあります。

イライラや無気力、無関心といった悩みは、ティーンエイジャーであればだれだって直面するものです。

だからコミュニケーションと、一緒に話し合って設定したゴールの質が大事になってくる、とトンプソンは続けます。

Ask the rider if they are enjoying racing, liking the challenge, and want to continue or change what they are doing

(抄訳:選手にレースが楽しいか聞いてほしい。新たなチャレンジにわくわくしているかと。今までのやり方で続けたいのか、それとも何かを変えたいのか。)

ビクター・トンプソン(スポーツ心理学者)

トレーニング量のコントロールについても、若い選手にとっては心理的なチャレンジになる、とトンプソンは警鐘を鳴らします。

”Some young riders take a ‘if some is good, more is better’ view of training — they have yet to learn this is faulty logic.” Thompson has another concern, related to distractions off the bike. “With social media, the temptation to compare oneself to others is ever-present. Young riders can get lured into overtraining by reading about the big miles their heroes are doing.”

(抄訳:一部の若い選手は、トレーニングで強くなれることを実感すると「じゃあもっとトレーニングすれば良いんだ!」という誤ったロジックで物事を考えてしまい、潰れてしまう。最近では、ソーシャルメディアを通して、憧れの選手のトレーニングを簡単にフォローすることができる。そして、彼らの乗り込んだ距離をみて「自分もこのくらい乗らなきゃ!」と真似をした結果、オーバートレーニングになってしまうリスクもあるんだ)

ビクター・トンプソン(スポーツ心理学者)

最後に。

この記事の原文は、1年以上前、ピドコックがジュニア世界選手権個人TTで優勝した冬に書かれたものです。

記事を書いた人が、この話を通して答えたかったのであろう

いかにしてイギリスはピッドコックという若きチャンピオンを生み出したのか?

という問いへの答えは

放っておくと潰れてしまいそうな、やる気みなぎる才能を、イギリスナショナル育成チームが大事に育ててきたから。

ということになるのでしょうか。

日本も見習っていきたいシステムですね。

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(若き日のランス・アームストロング。当時20歳。)

蛇足ですが、私が中高生の頃は、ランス・アームストロングとそのコーチが書いた「ミラクルトレーニング―七週間完璧プログラム」(今思えばなかなか皮肉が効いたタイトルです(笑))を読んで、「この通りトレーニングすればツールに勝てる!」なんて思ってアホみたいにトレーニングしていた思い出があります。

今から考えれば、書いてあることそのままやってただけだし、しかも全部こなせなかったと覚えています。一つ一つのメニューも集中できず妥協したり。で、結局強くなれなかった。

きっとできあいのトレーニングプログラムをただこなすんじゃなくて、自分で考えられる選手が伸びて、その中でも才能のある選手がチャンピオンになるのでしょう。

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(2019年シクロクロス世界選手権U23に優勝したピッドコック)

最後に、その高いライディングスキルと才能から「ミニ・サガン」と呼ばれ、自らもサガンを敬愛していると公言するピッドコックが残した言葉を引用しておきます。

Which brings us back to Tom Pidcock, and his admiration for Peter Sagan: “Well, he’s pretty good, isn’t he?” he says in a knowing, slightly cheeky tone. “But he has fun while he does it, and that’s what I do too. I don’t want to be boring and a goody two-shoes; I like to race a bike, have fun and win.”

(抄訳:サガンは常に楽しんでいる。僕もそうだ。僕はつまらない選手になりたくないし、優等生にもなりたくない。僕はレースに出て、楽しんで、そして勝ちたいんだ)

トム・ピッドコック

自分の言葉で語る選手は魅力的だな、と再確認させてくれる熱いティーンエイジャーです。

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