ログリッチとポガチャルの軌跡。スロベニアが同時代に生んだ謙虚で偉大な2人のチャンピオン。
Photo by Petar Milošević on Wikimedia Commons

プリモシュ・ログリッチとタディ・ポガチャル。人口約208万人の小国スロベニアが生んだ謙虚で偉大なチャンピオンです。昨年のツール・ド・フランスでスペクタクルを繰り広げた2人の軌跡を、ツール開幕直前の今再び振り返りました。

1989・1998

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才能あふれる選手としての優れた登坂能力やスプリント力、インタビューで多くを語らない謙虚な姿勢など多くの共通点を持つ二人ですが、生まれは少し異なります。

ログリッチは1989年に石炭鉱山の産業で成り立つ小さな田舎村に生まれ、工場と学校で働く両親のもと育ちました。一方でポガチャルは1998年にフランス語家庭教師の母と工業デザイナーの父の間に生まれた中流階級の出身。スロベニアでは物語性があるバックグラウンドを持つログリッチの勝利を喜ぶファンの方が多いのだということは、ポガチャルも認めているところなんだとか。

スキージャンプから転向したログリッチは2013年にAdria Mobilでプロデビューし、翌年にはクロアチア~スロベニアでUCIレース初勝利をあげました。このときポガチャルはまだ高校生。なおポガチャルは子供のころから自転車レースに取り組んでいて、出身スポーツという点でも二人の生い立ちは異なります。

ログリッチが大舞台で脚光を浴びる裏で、ポガチャルは若手の登竜門をくぐった。

"I was screaming in front of my TV for him to win and then it was I who beat him, who prevented him from achieving what he has dreamed of for years…"
(子供の頃)僕はTVに映る彼に向かって叫んでいたのに、今では僕が彼の何年か越しの夢を阻んでいるんだ…。

タディ・ポガチャル|Procycling July

2015年、ログリッチはツール・ド・アゼルバイジャン、ツール・ド・スロベニアで総合優勝し、ツアー・オブ・チンハイレイクでステージ1勝+総合4位などのリザルトを残しスカウトの目に留まります。一方のポガチャルもジュニア世界選手権代表に選ばれますがDNFに終わっています。

翌2016年にログリッチはロットNLユンボに移籍して、同年のジロ個人TTステージで優勝。スキージャンプ出身という経歴もあいまって一躍脚光を浴びました。ポガチャルも着実に成長を見せ、ジュニアカテゴリーUCIレースでの3勝とともに、ヨーロッパJr選手権でも3位という成績を残し、翌2017年にはプロコンチネンタルチームでプロデビューを果たすことになります。

その2017年、ログリッチはヴォルタ・ア・アルガルベ総合優勝、ツール・ド・ロマンディ総合3位とGCライダーとしての素養を見せ始めます。さらにツール・ド・フランスではスロベニア人として初めてステージ優勝、世界選手権個人TT2位など目ぼしいリザルトを絶え間なく残しました。またこの年の世界選手権でログリッチはU23チームのポガチャルと顔を合わせ、時に一緒にトレーニングを積むことになります。

2018年にはログリッチは再びツール・ド・フランスでステージ1勝し、さらに総合でも4位に入りグランツールの総合も狙えることを証明。一方のポガチャルは、若手の登竜門として名高いステージレース、ツール・ド・ラヴニールで総合優勝し、翌年からのUAEチームエミレーツとの契約を手に。なお移籍直前にはジャパンカップで来日もしています。

ログリッチはすぐにでも、ポガチャルもいずれはグランツールの総合優勝を争う選手になる。誰もが疑いませんでしたが、その予想はある意味では正しく、ある意味では間違っていました。彼らの時代はすぐに、同時にやってきたのです。

ログリッチが初めてグランツール総合優勝を果たした時、横にはもうポガチャルがいた。

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2019年シーズンのログリッチは飛ぶ鳥を落とす勢いでUAEツアー、ティレーノ・アドリアティコ、ツール・ド・ロマンディで立て続けに総合優勝。優勝候補の一角として乗り込んだジロ・デ・イタリアでもステージ2勝し総合優勝に手が届いたかと思わせましたが、すんでのところで取り逃して総合3位で終えます。この悔しさを晴らすかのように、同年のヴェルタ・ア・エスパーニャでも力を見せつけたログリッチはステージ1勝とともに安定した走りで総合優勝。スロベニア人として初めての、栄えあるグランツール総合優勝を遂に手中に収めたのです。

ログリッチの納得の総合優勝の一方で、周囲の度胆を抜いたのが他でもないポガチャルでした。ステージ3勝という主役級の活躍のみに収まらず、後半になるに連れて調子をあげてバルベルデに次ぐ総合3位となったのです。ヴォルタ・ア・アルガルベとツアー・オブ・カリフォルニアでも驚きの総合優勝を果たし、エリートカテゴリーでもGCライダーとして活躍できることは既に十二分に証明していたものの、3週間のグランツールでもここまでの結果を残すとは、と規格外ぶりを見せつけました。

歴史的逆転劇

“Last year I had a very high level of motivation because of those few months of no racing, so it was a good situation to go into races,”
去年は数ヵ月もレースがなかったからモチベーションはとても高かった。レースに臨むには良い状況だったんだ。

タディ・ポガチャル|Procycling July

昨年はコロナの影響で変則的なレーススケジュールとなりましたが、お構いなしに2人の快進撃は続きます。中断後初のUCIレースということもあり、”史上最も注目された”とも形容されたスロベニア国内選手権では接戦を演じ、ログリッチがロードレースを、ポガチャルがTTを制します。そして前哨戦を経てツール・ド・フランスでのマッチアップ、最終TT逆転劇、ポガチャルの”初”づくしの総合優勝へとつながっていったのです。振り返ってみれば、総合成績もさりありながらログリッチがステージ1勝、ポガチャルがステージ3勝と彼ら2人の独壇場となったツールでした。

失意のログリッチはまるで昨年のシナリオをなぞるようにヴェルタ・ア・エスパーニャでは再び力強さを取り戻し、ステージ4勝と2回目の総合優勝を手に。さらにリエージュ~バストーニュ~リエージュでも優勝して自らのトロフィーケースにモニュメントをも加え、シーズンを後味良く締めくくりました。

ポガチャルとログリッチと、イネオスと

“I’m still young and this is what I love to do, so I still have goals to achieve. I’m as motivated as ever. I can’t wait to go to each race and prove to myself I’m getting better, and race for the best results.”
僕はまだ若いし、これ(ロードレース)は心からやりたいことだ。達成したいゴールもある。モチベーションは今まで以上に高いよ。一つ一つのレースで自分が常に進歩していることを証明したいし、最高の結果のために走りたい。待ちきれないんだ。

タディ・ポガチャル|Procycling July

ポガチャルにとっては試練の年になるのではないか?という見方もあった2021年シーズン。ダークホースとして走ることと、本命優勝候補として走ることは得てして異なるものだ、今までと同じようにはいかないはずだ、と。昨年のベルナルのように、かつてのクネゴのように。

そしてこの春先、私たちは再びポガチャルの底知れなさを見せつけられたのです。UAEツアー、ティレーノ・アドリアティコ、ツアー・オブ・スロベニアという少しずつ異なるコースプロフィールを持つステージレースで総合優勝し、さらには昨年ログリッチが手にしたモニュメント、リエージュ~バストーニュ~リエージュで追いかけるように優勝と、全く試練を感じさせない活躍ぶり。むしろ勢いが増しているようで全く綻びがありません。片やログリッチもパリ~ニースでステージ3勝、バスクカントリーでステージ1勝+総合優勝と勝利を量産しUCIランキングでも1位を堅持。2位のポガチャルとランキングを争っています。

もしポガチャルがツール・ド・フランス初優勝からの連覇ということになれば、1991-1992年のミゲル・インデュライン以来となる快挙ですが、簡単なことではありません。あのフルームですら初優勝した次の年は落車でツールを去っているのですから。昨年はコロナ禍により「計画ができない」状況とベルナルの不調が重なり、ユンボビスマとポガチャルの前に脆くも崩れ去ったイネオスも、今年は好調なGトーマス、カラパス、ゲイガンハートとグランツール総合優勝経験者3人を揃え必勝態勢で臨みます。まだ自分たちの時代は終わらないと言わんばかりに、ゲイガンハートとベルナルでジロを連覇したイネオス。彼らの作戦と意地が、ポガチャルとログリッチの勢いと交錯したとき、どんなツールが繰り広げられ、誰がパリでマイヨジョーヌに袖を通す結果となるのでしょうか。

2021ツール・ド・フランス開幕まで、あと1週間を切りました。

 

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