新スポンサーがINEOSに決まり、ひと安心のチーム・スカイ。スカイGMのブレイルスフォードを自転車界のみならずビジネス界でも有名にさせた言葉があります。
マージナル・ゲイン。
聞いたことがあるでしょうか?ブレイルスフォードが自らのチーム運営に持ち込んで選手の強化に成功した、今や自転車界・スポーツ界の新常識となった考え方です。「Sky解体新書」第2弾、今回の記事ではマージナル・ゲインとはなんぞや?という疑問にお答えします。
参考ソース
- 失敗の科学ー失敗から学習する組織、学習できない組織(マシュー・サイド)
- 最初から完璧さを追求しない、「1%の改善」が金メダルにつながる|ハーバード・ビジネス・レビュー
- Sir Bradley Wiggins says marginal gains is 'load of rubbish' and calls Victoria Pendleton 'bit of a milkshake' | Telegragh
弱小国を強豪国に育てた男、ブレイルスフォード
ブレイルスフォードがイギリスの自転車競技の強化に取り組み始めたのは今から遡ること20年前、1997年のことでした。過去100年間でオリンピックで金メダルを獲得したのはたったの1回。ツール・ド・フランスに勝つことなど夢のまた夢、そんな時代です。どのくらい弱かったかというと、「ブランドを傷つけるかもしれないから」とヨーロッパの有名ブランドがイギリスナショナルチームに対するバイクの提供を断ったことがあるほど。そんな弱小国が、ブレイルスフォードの加入後に目覚ましい進歩を遂げます。
1997年、イギリスの自転車競技連盟ブリティッシュ・サイクリングに、彼がアドバイザーとして参加した当時、連盟に所属するトラックレースのオリンピック選抜チームは、お世辞にも強いとは言えなかった。しかし3年後の2000年、シドニーオリンピックでイギリスは初の金メダルを獲得。そして、ブレイルスフォードがパフォーマンス・ディレクターに就任した翌年の2004年には、ふたつの金メダルを獲得。2008年にはその数が8つにまで増え、さらに2012年にも同じく8つの金メダルを獲得した。
北京五輪とロンドン五輪で成功を収めたトラックチームの強化に加え、ブレイルスフォードはロードレースの強化も始めます。
そこで2009年、ブレイルスフォードは新たな挑戦を始めた。当時ロンドンオリンピックに向けてトラックレースチームの調整を続ける中、ロードレースチームのチームスカイを設立したのである。しかも設立発表の日、彼は「5年以内にツール・ド・フランスで優勝する」と宣言した。
それを聞いてほとんどの人は笑った。評論家も「ブレイルスフォードは墓穴を掘った。とんでもない大失敗になるだろう」と揶揄した。しかし2012年、約束の5年より2年も早く、チームスカイのブラッドリー・ウィギンス選手が、イギリス人初のツール・ド・フランス優勝を果たす。そして翌2013年には、クリス・フルーム選手が同じく総合優勝を飾った。ブレイルスフォードは、イギリスのスポーツ史上最大級の偉業を成し遂げたと絶賛された。
揶揄からの絶賛。痛快ですね。
MBA課程で出会った「カイゼン」が「マージナル・ゲイン」を生んだ。
なぜこの伝説的な偉業を達成できたのか?ブレイルスフォードはこんな言葉を残しています。
「小さな改善の積み重ねですよ」彼の答えは明快だった。「大きなゴールを小さく分解して、一つひとつ改善して積み重ねていけば、大きく前進できるんです」
実にシンプルな答えだが、この「マージナル・ゲイン」というアプローチは、今やスポーツ界に限らずさまざまな分野で注目を浴びている。ビジネス会議やセミナーの議題となるのはもちろん、軍隊でも参考にされているほどだ。イギリスのスポーツ界では、マージナル・ゲイン専門のアドバイザーを雇っているチームも多い。
ハーバード・ビジネス・レビューのインタビューでも同じ問いに答えています。
この取り組みを始めた当初、オリンピックの一番高い表彰台ははるか彼方に感じられました。金メダルを目指すなど、気の遠くなるような難題です。MBAの勉強を通して、私は「カイゼン」をはじめとする、プロセス改善の手法に興味を持っていました。そこで思いついたのです。大きくではなく小さく考え、わずかな改善の積み重ねによって継続的に進歩していく、という哲学を採用すべきだと。完璧さの追求はしないで、1歩ずつ前進することに努め、それらを総合して改善するのです。
戦後の日本の経済成長を支えたといわれるトヨタの「カイゼン」。そのエッセンスを自らのチーム運営に適用しようと決断したというわけです。
壮大な戦略だけではなんの意味もない。小さなステップを積み重ねよ。
「壮大な戦略を立てても、それだけでは何の意味もないと早いうちに気づきました。もっと小さなレベルで、何が有効で何がそうでないかを見極めることが必要です。たとえそれぞれのステップは小さくても、積み重なれば驚くほど大きくなります」
「神は細部に宿る」とも通じることがある、彼のこの言葉。頷かずにはいられません。気をつけてほしいのは、壮大な戦略に意味がない訳ではないという事です。戦略”だけ”では意味がないと言っているのであって、戦略なきカイゼンという罠には間違ってもハマらないようにしたいところ。「オリンピックで金メダル」「5年以内にツール総合優勝」という大きな目標があるからこそ、目標を細分化できるのです。
具体的になにをすればよいのか?
え、そんなことまで?というレベルでマージナル・ゲインを積み重ねるのがスカイ流です。ブレイルスフォードは語ります。
「一つひとつのデータは小さなものです。しかしそんなことは問題ではありません。作成したデータベースは、生理学的なパフォーマンスを根本から理解するのに役立ちました。それがほかの国に後れをとるか、先頭を走るかを分けたんだと思います」
じゃあ具体的にどんなマージナル・ゲインを積み重ねていったのか?一番気になるところかもしれませんが、それはまた次回の記事で。
マージナルゲインは過大評価か?
「ビジネスの世界では当たり前だし、ブレイルスフォード以前から同じような方法で成功を収めたスポーツチームや選手はいくらでもいた」とも言われるこの手法。事実、この記事の「マージナル・ゲイン」をすべて「カイゼン」に置き換えても、大きく意味は変わりません。当事者であるウィギンスも、マージナル・ゲインは「ただのバズワード、過大評価されてる」と語っています。たしかにそうかもしれません。ただ、この「当たり前」というのが結構くせものです。
カイゼンを、一人ひとりの社員レベルで実行できている会社をいくつ知っているでしょうか?
それができている会社は一流なはずです。
小さなカイゼンを積み重ねるために、日々ストイックに生きているアスリートを何人挙げられるでしょうか?
それができているアスリートは一流なはずです。
言うは易し、行うは難し。この世の常ですね。何が言いたいかというと、「マージナル・ゲインは過大評価」という批判はちょっとずれていて、ブレイルスフォードの評価のされ方が間違えているんじゃないかな、ということです。「マージナル・ゲイン」を導入したことじゃなくて、その方法をどれだけ徹底できたかが評価されるべきなのではないでしょうか。
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