瞬きの間に、勝つかもしれないし、落車するかもしれない。
瞬きの間に、誰かに恋に落ちるかもしれないし、大事な人を失うかもしれない。
ピーター・サガン、世界選手権を史上初の3年連続で制した男が自身初の自伝を出版しました。英語のみの発売だったので、早く日本のサイクルロードレースファンにも伝えたいと思い、彼のワイルドでたまに繊細な数珠の名言をご紹介します。※意訳です。
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サガン、チャンピオンであるということについて語る。
僕たちには、”スロバキアの”ヒーローというものが不足している。アートでもスポーツでも。
だから僕たちにとって、どんなものであれ、スロバキア人が世界チャンピオンになることはすごいクールなことなんだ。
僕はプレッシャーとプライドが混ぜごぜになった感情を味わっている。それを避けることはできない。
街では、ありとあらゆる人が僕と握手をしたがったり、セルフィーを取りたがる。
そして僕はそれらを拒否するような陰気な人間になんてならない。いつだってウェルカムだ。
スロバキアにはセレブリティ文化なんてものはない。
人々を自分の足元に投げつけるような馬鹿らしいことなんてしない。
僕たちは、僕たち自身の人生を送るただの人だ。
サガン、スキルについて語る。
みんな、僕のライディングスキルが高い理由として、マウンテンバイクやBMXの経験があるからだと思っている。
これはある程度本当だ。マウンテンバイクやBMXに乗るには、特別なスキルがいる。
でも、僕はそうしたスキルをずっと前から身につけていたと思う。
思うに、外で活発に遊ぶ子供時代が、どんなプロスポーツ選手を目指す上でも重要だ。
僕が若い頃、スロバキアの田舎で自由に遊ぶことができたように。
サガン、ティンコフチームについて語る。
ビャルヌとオレグは全くもって違う性格だった。ビャルヌは口にする言葉について発する前に熟慮して無駄なエネルギーを使わないようにしていた。一方、オレグは脳みそと口の間になんのフィルターもないみたいに、全て思ったことを口にした。それがどんなに誰かを傷つけたり、どう考えてもおかしいものだったとしても。
みんな、僕のことをどっちかというとオレグみたいな性格だとおもっているけど、本当は、僕は誰かに無礼に振る舞ったりすることがとても嫌いだし、不快に思う。
皆には”クレイジーなやつ”と思われているかもしれないが、僕はいつだって親切にするよう努力している。
”いこうぜ、みんな”
僕は言った。
”これはただの自転車レースだ、そうだろ?ビャルヌが僕たちのために自転車を乗ってくれるわけじゃない。朝起きる。暖かい服を着る。峠を登る。峠を下る。ジャケットとレッグウォーマーをとる。また峠を登って、ゴールでスプリントをする。簡単じゃないか。”
サガン、トレーニングについて語る。
「レースへの準備」これが僕にとってのトレーニングの目的だ。トレーニングのためにトレーニングするなんてゴメンだ。
もしかしたら、コンタドールとかフルームみたいにツールで総合優勝を狙う選手には意味があるかもしれないけれども。
彼らはそこまで多くのレースに出ないし、ピークをどこに持ってくるべきかはっきりしているから。でも僕はそうじゃない。
トレーニングで、もしある選手が良い状態だとわかったとしよう。
素晴らしい数字。ワオ。
でもいいか?僕が知ってる限り、パワーメーターだけみて勝てるレースなんてひとつもない。
”出力の数字的には最強ジャージ”を着てるやつが、UCIポイントを取れることなんてない。
フルームだって、パワーメーターを見るのをやめ、ビンディングシューズで山を走らなきゃいけない時だってあるんだ。
トレーニングのためのトレーニング。それが僕がボビーに感じたことだ。
彼は数字に取り憑かれていた。彼は僕に毎日数字について質問してきたし、僕はそのことについてずっと話した。
うんざりしていたし、惨めな気分になった。電話の電源を切って、仮病を使うことだって考えた。
僕はトレーニングが好きだったのに、数字は僕を殺しかけてた。
ほとんどのコーチが僕に訪ねた。
「もっと良いクライマーになりたいか?もっと良いスプリンターか?それとも、もっと良いTTスペシャリストか?」
僕は思った。
「ほっといてくれ。僕は僕だ、なにも問題ない。壊れてないんだから、直そうとするな。」
サガン、プロ入りと兄について語る。
僕はまだ少年だった。リクイガスに加入してイタリアに移住することは、家族や友達と離れることを意味していた。
居心地の良いこのスロバキアに残ったって、他のチャンスがあるはずだ。残ろう。そう思っていた。
兄がこの噂をきいて、僕に話をしにきた。
「聞いたぞ。スロバキアに残ることを考えているのか?」
彼は聞いた。
「アドバイスがほしいか?」
僕はうなずいた。兄を賢くて偉大な人だと尊敬していたから。
すると、兄は顔をひっぱたいて言った。
「荷物をまとめてイタリアにいけ。これはお前の人生最大のチャンスだ。もしこのオファーを断ったら一生後悔するぞ。」
言うまでもなく、彼は正しかったし、今でも正しい
サガン、初の世界選手権制覇について語る。
「サガン、君はよくやった。一番強かった。でも勝てなかった。」
そういうレースはよくある。
でも、今日はそんなレースじゃない。
この一年の間、このキャリアの間、この人生の間ずっと待ち続けた、たった一つの弾丸を撃つ時だ。勝とうともせずに終わる訳にはいかない。
夢を見ながら死ぬ訳にはいかない。
二つ確かなことがある。
一つ、彼女は僕がどれだけ彼女を愛しているか知っている。
二つ、僕は彼女を簡単にどこかにやってしまいはしない。
だから、僕が世界チャンピオンになった2ヶ月後、僕たちは家族と友人にかこまれて結婚した。
サガン、スポンサーについて語る。
サイクリングは、他のなによりも広告のためのスポーツだ。自転車レースの他に、スポンサー名がチーム名となるスポーツをどれだけ知っているだろうか?クリスティアーノ・ロナウドはユベントスのためにプレーするけど、もし彼がサイクリストだったらサムスンのためにプレーすることになる。僕らサイクリストはいつだって、スポンサーが露出するよう求められる。
誰かが、お金が僕を変えてしまったと書いた。
教えてあげよう。それは本当だ。
お金は僕を変えた。
お金は僕に、正しい行いをしなければという責任感を生んだ。
僕を助けてくれた人たちに、彼らが僕に期待した分の約束を果たすために全力で挑む覚悟を生んだ。
サガン、戦術について語る。
覚えておいてほしい。すべてのスプリントはそれぞれ違う。100人のライダー、100個のストーリー。
そして、それだけじゃない。スプリントにおける不確定要素は驚くほど多い。
僕のマントラの一つは、「計画することは良いことだ。でも必ずしもうまくいくとは限らない。」だ。
もしあなたが営業マンで、何度もあなたから同じ商品を買ってくれていたお客さんが、「今日はいらない」と言ってきたとしよう。あなたはどうするか?そう、他のものを売ればいい。
僕も同じことする。
思い通りにいかないなら、ライバルたちに他のものを売ればいい。
上りスプリントで必要な戦術は、他より少ない。
大体は、その日一番強いマッチョなやつが勝つ。
僕はごちゃごちゃな状態のスプリントが好きだ。
人から人から飛び移りながら、フィニッシュラインまでのラインを見極める。
「リラックス、リラックス」は僕のマントラだ。一方で、僕の体を構成する一つ一つの分子レベル、その全てはこう叫ぶ。
「きばれ。パニくれ。止まれ。なんとかしろ!」
サガン、リオオリンピックのMTB代表について語る。
純粋でシンプルだ。
突然現れて、マウンテンバイクのレジェンドになって、日暮れとともに消える。ローン・レンジャーみたいに。
なんでだめなんだ?僕はマウンテンバイクが好きだ。そんな難しいことか?
Why So Serious?(なにをそんなに真面目になってるんだ?)
誤解しないでほしい。僕はロードレースが大好きだ。これが僕が選んだ人生だし、最高だ。でも、カレンダーが僕の人生を決めてしまうし、記者発表ではつまんない質問に何回もこたえなきゃならない。すべての成功や失敗を覚えて、それをもう一度、そして毎回、もっとうまくすることの繰り返しだ。でもオリンピックのMTBレースは違った。それは新しくて、僕は長い間”新しい”ことをしていなかった。
みんな、僕はアンラッキーだったと言う。でも、マウンテンバイクではパンクはただの運じゃない。パンクは十分な技術があれば避けられるし、僕は十分な技術を持っていけなかった。
十分強かったか?そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でもそれは大事じゃない。
レースには、ただ強いだけじゃ勝てない。もしそうなら僕じゃない他の誰かが、ここで世界チャンピオンとしてあなたに何か話でもしていただろう
彼らは、もし僕がグレッグ・ヴァン・アーベルマートがロードレースで勝ったと知ったら、僕が落胆すると思ったのだろう。結局、クライマー向けのコースではなかったんだから。僕が勝てたかもしれないんだから。
ジーザス!そんなことは全然気にしなかった。
僕が気にしたのは、グレッグに2週間も「おめでとう!」と電話をかけてなかったことだ。
グレッグは僕のことをクソ野郎だと思ったに違いない。
サガン、世界選手権2連覇について語る。
一人のジャーナリストがスタートラインで僕に聞いた。
「コースの下見はしましたか?」
僕はこれから走るコースをちらっと見て答えた。
「僕はこれからフィニッシュラインを12回通り過ぎる。そうすると、僕がツールで勝ったときの下見の回数の12倍になるね。なんとかなるさ。」
「ピーター、あなたは最初から速い展開になって集団がバラけると思いますか?日曜日になればわかるよとは言わないでくださいね。」
「ごめん、そう答えようとしてた。」
「ピーター、現チャンピオンとして、日曜に勝つことにプレッシャーを感じていますか?」
「いや、もうすでに一回勝ってるからプレッシャーはむしろ少ない。負けたとして、なにを失うんだ?」
「アルカンシェルを失うのでは?」
「もう持っているよ。」
僕はこれから、この虹色のジャージを12ヶ月着る。
すまんなヨーロッパ・チャンピオンジャージ。君はお蔵入りだ。
YouTubeをみれば、ドーハ世界選手権のゴールで、僕がガブリに何か叫んでるのを見つけられるだろう。
クリスティアーノ・ロナウドみたいなパフォーマンスか何かに見えるかもしれないが、残念ながら違う。
僕はガブリを指さしてこう言ってるんだ。「ガブリ、(約束通り)おれの顔の入れ墨を1週間で入れろよ!」
サガン、世界選手権3連覇について語る。
アレクサンダー、君のことは好きだ。でも、これはおれのジャージだ。
サガン、ミラノーサンレモでの熱い戦いを語る。
レースは、エンターテインメントであるべきだ。
人々は、レースをリザルトを見るために見ているんじゃない。
もしそうなら、彼らはただ朝に新聞かスマホでチェックするだけで良い。
ファンは、ドラマが欲しいんだ。
もしファンが興奮するようなパフォーマンスができないなら、アルカンシェルを着る資格はない。皆、僕にアルカンシェルを着てレースをすることに、重圧を感じないのか聞く。
僕がジャージを着て感じているのは、重圧じゃない。ファンを楽しませる責任感だ。
たぶん、僕はつまらないレースで勝つよりも、ファンタスティックなレースで負けることを選ぶだろう。
何はともあれ、ミラノ・サンレモは最高にファンタスティックなレースだった。
サガン、ツール・ド・フランドルでの落車を語る。
自転車レースに「たられば」はない。だから僕らは自転車レースが好きだ。もしもう少しだけ厳しいトレーニングをしていたら?もし落車してなかったら?そんなものはたわごとだ。ジルベールは素晴らしい単独アタックでツール・ド・フランドルに勝った。いいか?出場した100人以上の選手には、それぞれのストーリーがある。でも、ジルベールのストーリーだけが、伝える価値のあるものだ。
サガン、カンチェラーラとクウィアトコフスキーについて語る。
カンチェラーラは、専門家によく批評されていた。
不必要なところで力を使いすぎており、他の選手につけ入る隙を与えてしまっていると。だからどうしたというんだ?彼が勝てるレースを落としているからなんだと言うんだ?
彼はエンターテイナーで、ショーマンで、いつだって全力で自転車に乗っている。
だからファンは彼を大好きだった。
素晴らしい能力だけじゃなく、すべてのレースで見せる彼のそうしたスタイルに魅了されていた。僕はカンチェラーラにはなれないけど、ああいうふうに自転車に乗りたいといつも思っている。
この男をみくびっちゃいけない。クウィアトコフスキーが絶対に勝てないレースなど、どこにもないと僕は思っている。
サガン、パリルーベ優勝と、一人の若者の死を語る。そして、人生論を語る。
僕らがしていることはとても危険なことだ。
毎日、すべてをリスクにかけている。栄光のために、お金のために、家族のために、僕ら自身のために。そして、もう聞き飽きてるかもしれないがもう一度言いたい。
これはくじ引きだ。100個のストーリー。100個のくじ引き。
そのうち一人が、パリ・ルーベの勝者となった。
そのうち一人が、パリ・ルーベで命を落とした。彼がそのくじを破り捨てることができればよかったのにと、切に思っている。
もし僕が伝えたいことがあるなら、きっとこうだ:
毎日を生きよう。僕らの体は防弾仕様になんかなっていないから。
お互いを思いやろう。親切になろう。そして、毎日を生きよう。