知ってた?ブエルタのリーダージャージの色は8回も変わっていた。
Photo by Hamed Daram on Unsplash

連日スロベニア勢の躍進がとまらないブエルタ・ア・エスパーニャ2019。

そういえば、昔はリーダージャージ赤色じゃなくて金色だったな…と調べてみたら、思った以上に移ろいが激しかったのでシェアします。

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意外と知られていないブエルタのリーダージャージの今昔

ツール・ド・フランスのリーダージャージの色は?黄色!

ジロ・デ・イタリアのリーダージャージの色は?ピンク!

ですよね。

では、ブエルタ・ア・エスパーニャのリーダージャージの色は?

…赤!

なわけですが、実はこの「赤」になってから今大会は10周年。そうたったの10周年。昔はロードレース見てたけど最近見てない人は「あれ、金色じゃなかったっけ?」となってしまうのです。

それでは第一回大会から振り返っていきましょう。

1935〜1936年⇨オレンジ

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(写真はイメージです)

1941年⇨ホワイト

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(写真はショーン・ホワイトです)

1942〜1944年⇨オレンジ

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(写真はイメージです)

1945年⇨レッド

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(写真はルーニーと競り合う岡崎です)

1946〜1950年⇨レッドにホワイトのストライプ

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(写真は吉田麻也とピンぼけの岡崎です)

1955〜1998年⇨イエロー

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(写真はイエローカードをもらって驚く岡崎です)

1999〜2009年⇨ゴールド

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(バルベルデが総合優勝を遂げた2009年が金色リーダージャージ「マイヨ・オロ」の見納めとなりました)

2010年〜⇨赤

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(記念すべきはじめての「マイヨ・ロホ」に袖を通したのは当時無敵のスプリンター、カヴェンディッシュでした)

…ということで、約85年間で色が変わった数は8回にものぼります。

赤色になった理由

なんかかなり内容の薄い話になってしまいましたが、最後に一つだけ役に立ちそうな洞察を。

なぜ変わったのか??とちょっと考えてみたんですが

  1. 「スポンサーがころころ変わったから」
  2. 「ツールのマイヨ・ジョーヌと差別化を図ったから」

このどっちかだと思うんですよね。マイヨ・ジョーヌのスポンサーは1985年ごろから一貫してクレディ・ヨネ(LCL)というフランス系銀行が1987年ごろからスポンサーについてて安定してる。もともとはエキップ紙の色ということだったんですが偶然か必然かLCLも黄色系です。

一方でマイヨ・ロホについてはスポンサーがコロコロ結構変わっていて、マイヨ・ロホに変わったばかりの2010年はアオラ・エナジーという会社だったのに気づけば今はカリフールというスーパーマケットチェーンがメインスポンサーになっています。カリフールはロゴが赤と青ですからなんとか赤を保てた格好でしょうか。まあどちらかというと青が多いんですが()そういえば以前に比べてロゴが増えて青が増えてる気がする…そのうちリーダージャージが青色になる説。

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いやすみません気のせいか。

2つめの「黄色じゃマイヨ・ジョーヌと被るじゃん金色にしよう」「いやいや金色って言っても見た目ほぼ黄色だし赤にしよう」「はいそれで決定!」説もとても有力。

答え知ってたら教えてください。では。

参考ソース:

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