アフリカの自転車界の未来は明るいか。ドラミニの事件から思いを馳せてみた
photo by Geof Sheppard on Wikimedia Commons

昨年末のこと。南アフリカのニコラス・ドラミニが国立公園職員に腕をへし折られる衝撃的な映像がSNSのタイムライン上に流れ、世間を騒がせました。この事件の経緯や経過はCNNなどのしっかりしたソースやチーム公式プレスリリースを参考するとして、今回着目してみたいのは、アフリカ出身選手(特にいわゆるアフリカン・黒人と呼ばれる人たち)の自転車ロードレースにおけるプレゼンスについてです。

クリス・フルームが少年期をケニアで、青年期を南アフリカで過ごし、イギリス国籍を取得したのはかなり後だったことは以前の記事で紹介しましたが、現在ヨーロッパのレースシーンで目立った活躍をしているのは、この南アフリカとエリトリアの2ヶ国。南アフリカのエースは、白人系ではダリル・インピーとメインチェンス、アフリカ系では今回ニュースになったドラミニ。一方、エリトリアのエースは2015年に南アフリカを除くアフリカ出身の選手として初めてツール・ド・フランスを完走したテクレハイマノ、そしてメルハウィ・クデュス。彼ら2人に続くように出てきたベルハネが最近のエリトリア自転車界を引っ張っています。

パイオニア的存在の南アフリカと、自転車が国民的スポーツのエリトリア

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(ロバート・ハンターは南アフリカ自転車ロードレース界のレジェンド・スプリンター)

南アフリカはいわゆる大英帝国の影響が色濃く残る元・植民地の国。イギリスの文化を反映して盛んなスポーツはラグビーやクリケットなど。自転車競技で注目を浴び始め、結果もついてきたのは最近になってのことですが、ヨーロッパスポーツを取り込みやすい環境にあった南アフリカはアフリカにおける自転車競技のパイオニア的存在でした。

ロバート・ハンターがツール・ド・フランスで南アフリカ人として初めてステージ優勝をあげたのが2007年。この活躍をうけて、南アフリカには自国のチームをグランツールに出そうという機運が高まります。MTNが立ち上がったのは、ロバート・ハンターが勝利したのと同じ2007年。南アフリカだけでなくアフリカ全体の競技レベル向上をミッションとし、自転車を貧困層の子どもたちに届けるプロジェクトを軸とした社会貢献をも掲げるコンチネンタルチームとして発足します。

その6年後の2013年には、待望のアフリカ初のプロコンチネンタルチーム、MTNキュベカとしてステップアップ。チームはドラミニなどの南アフリカ郊外出身選手を育成すると同時に、エリトリアに目をつけて才能の発掘を始めます。エリトリアはイタリアの植民地としての歴史をバックグラウンドを持つことから、既に自転車競技が国民的スポーツとして広まっていたのです。才能の卵を育て上げたMTNキュベカは、2015年にツール・ド・フランス初のアフリカチームとして出場エリトリア出身のテクレハイマノとクデュスの2名がフランスの地を駆け抜けました。

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(ダニエル・テクレハイマノは2015年ドーフィネ・リベレで山岳賞を獲得。同年のツールでも序盤に山岳賞ジャージを着用して走った)

2016年にワールド・ツアーチームにランクアップした同チームのスポンサーはディメンション・データとなり、カヴェンディッシュなどを獲得しさらに勢力を拡大。NTTプロサイクリングとして新たな出発となった2020年には、日本チャンピオンの入部正太朗選手を受け入れることが話題となりました。

エリトリアにとっての思わぬ壁

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(テクレハイマノとともに2015ツール・ド・フランスに出場&完走したメルハウィ・クデュスは今でも国民的ヒーローとしてアフリカ内外のレースで活躍する)

アフリカ勢にとっての未来は明るいと思われた5年前と比べて、現在の状況はさらに明るいものとなっているかといえば、実はそうでもありません。直近の2018〜2019年のツール・ド・フランスでは、ディメンション・データからアフリカ出身の黒人系の選手は出場しておらず、オンラインメディアRoulerには”The column: Tour de France so white(ツール・ド・フランスは真っ白だ)”といった記事が出るほど。そして2020年1月現在、チームに登録されている黒人系選手はドラミニただ一人。クデュスなど育て上げた有力選手たちは他チームに流出してしまっています。

なぜそのようなことになっているのか?実力不足&人材不足という理由ももちろんあるとは思いますが、かなりシビアな背景も明らかになりました。まず1つが、アフリカ出身の選手たちを支援するためには、ヨーロッパ選手に比べて3倍もの費用がかかるという事実です。

Ryder has also previously identified that it costs the team three times as much to support an African rider as it does a European one.

(抄訳:Ryder(ディメンション・データのチーム代表)は、アフリカ出身選手をサポートするためにはヨーロッパ出身選手の3倍のコストがかかってしまうということに気づいた。)

Why is there no black African rider in Dimension Data’s Tour team?|Rouleur

もう一つが、VISAが取れない問題です。これは、UCIのトレーニングセンターが2014年にエリトリア出身の若手3選手を招待した際に顕在化しました(Rouler記事参照)。エリトリア人がスイスに住みながらトレーニングを積むにはVISAが必要となるのですが、VISA取得のために隣国スーダンの首都Khartoumにあるスイス大使館に出向いて申請をしなければならず、しかも発行を拒否されてしまったというのです。こうした障害を前に、すぐに結果を出すとも限らない眠れる才能に対してお金を惜しげなく使うことに足踏みしてしまうチームが多いというのが現状です。

アフリカに日本は置いてかれていないか

そんな厳しい現実に直面しながらも成長を続けるアフリカ勢を前に、私達が思いを馳せてしまうのは成績が伸び悩む日本勢の未来でしょう。上の図はアフリカ各国と日本のPCSポイント(Procyclingstats.com独自のポイント指標)を比較したもの。エリトリアについては伸びが止まりそうなものの日本を上回る成績を残しており、他と一線を画す南アフリカはコンスタントに成績を伸ばし続けています。

一転して日本の成績を見てみると、2010年に新城が世界選手権で9位フィニッシュ、続く2011年にアジア選手権で優勝し、別府もワールド・ツアーレースで一桁フィニッシュを重ねるという驚異的な活躍をした時代には南アフリカを上回っていましたが、それ以降は全体的に低迷しています。アフリカやアジアにある自転車弱小国が持続的に成績を伸ばしていくことがいかに難しいことかを物語っており、南アフリカは参考になる成功例なのかもしれません。

グローバル化する自転車ロードレース

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最後に私の個人的な思いの話で恐縮ですが、自転車ロードレース界はアフリカやアジアからのスター誕生を待っているのではないでしょうか。マーケティングという意味でもレース出場選手の多様化はこのスポーツにとってプラスのはず。現状はまだまだヨーロッパ一極化していると言わざるをえませんが、「伝えたいドラマ」かどうかというポイントにおいて、ヨーロッパ出身の選手よりもアフリカやアジア出身の選手のストーリーのほうが意外性があるに間違いありません。コロンビア出身選手の活躍と彼らの母国での盛り上がりは、本場ヨーロッパより熱いとも感じますし、初山選手のジロでの取り上げぶりが多様性に富んだスター待望論を物語っているのではないでしょうか。

参考ソース

  • The column: Tour de France so white
  • Why is there no black African rider in Dimension Data’s Tour team?
  • Access denied: the visa problems blocking Africa’s brightest talents
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