【考察】今年のバズ商品「Vaporfly」とか「Venge」は本当に科学的に優れているのか哲学風味で考えてみた。
Wikipediaより

今年一番話題になったロードバイクといえば、SPECIALIZED S-WORKS VENGE。サイスポでもCYCLING TIPSでも絶賛。

今年一番話題になったランシューズといえば、NIKE VaporflyWIREDPRESIDENTでも話題になるほどのホットなトピックです。

なんでこの2つは速いのか?なんで売れてるのか?

シーズンオフだし、ボーナス出たし、プロダクト系記事でも書いてみようとPCの前に座ったわけですが、、、、、結局いつもの哲学風味な雑記になりました。

「VENGEは速い」「Vaporflyは速い」という理論はデータや研究もあって科学的に正しいようにみえるけど、結局は「正しいかどうかは、そう信じているかどうかだ」という結論のよもやま話です。

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科学とは何か?「科学的であるという事は、ひっくり返される余地があるかないか」

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私が中学生のとき、やかましい国語の先生が読め読めと言っていた本に「99.9%は仮説」というのがありまして(この本の内容に書いてあることも仮説に過ぎないんだぞ!、とドヤ顔で語っていたことを今も覚えています)、そこにはこんな記載があります。

科学というものが、ほかの知的な、あるいは知的でない営みとちがうところはどこなのか?どこに境目があるのか?たとえば、疑似科学や宗教と言われるものと科学はなにがちがうのか?そういうことを突き詰めていった結果、ポパーはそれらを区別する方法として「反証可能性」をあげたわけなんです。「科学は、常に反証できるものである」とはっきり定義したのです。

ひらたくいえば、理論に反する実験や観察がでてきたらその理論はダメだということを潔く認める、それが科学だっていうんです。

有名な『科学的発見の論理』という本のなかで、科学哲学者カール・ポパー(1902-1994)がいかにして科学を定義したかというエピソード。

何億回も実験を行って理論に合うデータがでてきたとしても、そのつぎの実験で理論に合わないデータがでてくる可能性はいつだってゼロにはなり得ません。つまり決定的な証明は永遠にできないし、あらゆる研究結果というのは「あとでひっくり返される余地がある」けれどもとりあえず実験上は正しい結果だということです。

わからんくなってきましたね。

VAPORFLYを例に取りましょう。コロラド大学の研究でVOPORFLYのプロトタイプをトップランナーたちに履かせて走らせたら、全員(!)が他の靴を履いたときより少ないエネルギー消費で走れた(つまり速く走れる)、という結果が出ています。なんせ全員に効果があったみたいなので、これは実験上間違いなく意味のあるデータです。

結果は明らかだった。研究チームが集めた18人のランナー全員のエネルギー消費は、VAPORFLYを履いたときに最も少なかったのだ。

しかし、ここで問題となるのは「VAPORFLYを履けば速くなる」という理論が”科学”であるためには「もし一人でもVAPORFLYを履いて遅くなる人がいたらその理論はダメ」という反証可能性を受け入れなければならないということです。

前述の実験対象はたったの18人ですから、もっと多くの人をテストすれば必ずVAPORFLY履いてエネルギー消費が多くなってしまう(つまり遅くなる)人だって出てくるはずです。実際VAPORFLY履いてもコンディション悪かったりでベスト出せない人はたくさんいます。

つまり「VAPORFLYを履けば速くなる」というのは(ポパーのいう定義においては)科学的に正しくない可能性が非常に高い。

それでも、もし仮に1000人がVAPORFLY履いて走って、そのうち600人くらいのタイムが速くなったら「やっぱVAPORFLY履けば速くなるじゃん!」と言いたくなるかもしれません。でも例えそれが事実だったとしても、統計的に有意なデータがとれたというだけで、決して靴とタイムの間の因果関係が証明されているわけじゃないのです。それに400の反例がある時点でアウトです。

つまり「VAPORFLYを履けば速くなる」は宣伝文句であり、もう少しポジティブな言い方をすれば信条なんですね。そして、信条に反証可能性はないので、もはや科学ではありません。その人がそう信じてる、というだけですから。

VENGEの空洞実験の結果にも同じことが言えるでしょう!(同じことの繰り返しになるから調べるの面倒になった。ご参考までに、日本語記事英語記事などのせておきます)

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