「自転車ロードレースはビジネスモデルが崩壊している」のは事実だが、悲観する必要はない理由
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「自転車ロードレースは、持続可能なビジネスモデルが成り立っていない」という議論を聞いたことがないでしょうか?特に業界内の人たちがよくするこの議論が今回の記事のテーマです。詳しく調べてみました。

厳しい現実。見返りのない世界と言われる所以とは

スポンサーが来年契約しないというだけで、チーム存続の危機と毎年のように騒がれるのが自転車ロードレースです。ドラパックの解散危機、BMCのスポンサー降板とチーム解散、Skyのスポンサー降板…。近年もスポンサー絡みの報道が絶えることはありませんが、そもそも企業が自転車チームとスポンサー契約を結ぶのはなぜなのでしょうか?

ものすごく単純化して言えば、各社が自転車ロードレースをスポンサーするのは、レースでの走りや勝利を通して会社名をPRして知名度を高めるためです。ただし、その費用対効果は”ものすごく低い”のだそうです。ロードレース界の第一線で活躍するカメラマン、砂田さんの証言。

 自転車チームのスポンサーになる会社の必要条件はなにか? 各プロチームのマネージャーは口を揃えてこう言う。「ワンマン経営の会社」である。これは自転車界で昔から言われていることだ。大きな会社が対費用効果を見ながらチームをサポートするようなところはまず無理。自転車に愛情を持つ社長が「好きだから」という一個人の一存で決めなくてはダメなのだ。それは、かかる費用を上回るだけの効果が期待できないというところにある。サッカーのように、スタジアムの入場料が取れるとか、放映権料が分配されるとか、そうしたことが自転車界にはまったくないのだ。僕の知り合いで、イタリア人の弁護士がいる。これまで事件や契約に数多く関わってきており、自転車界では有名だ。僕がレースで交通事故にあったときも弁護士として動いてくれた。彼はもともとサッカーの世界から入ってきたのだが、プロチームが収入を確保するシステムを持たないという構造的な欠陥に驚き、嘆いていた。

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(INEOSの社長ラッドクリフもおとなしめな人物ではあるが自社株を60%保有しており実質ワンマン経営者と言っていい。)
ティンコフさんといいラッドクリフさんといい、近年の金満チームは確かにワンマン経営の会社ばかりです。なぜワンマン経営者でなければいけないのか?あるイタリアの元プロチームオーナーによれば、その理由は「見返りのない世界」だから。

 僕のイタリアのうちの近くにも、かつてプロチームを持っていた人がいた。もともとは強豪アマチームを持っていて、そこでジュゼッペ・サロンニ、クラウディオ・コルティ、シルヴァーノ・コンティーニといったスター選手を走らせていた。本業は家具関係だ。サロンニやコルティはプロを辞めた後にやはりチームマネージャーとなったが、毎日のようにスポンサーになってくれと電話をかけてきたという。彼は残念ながらこの春に死去したが、僕にポツリとこう言ったのが忘れられない。「プロチームのスポンサーになっても、売上げが伸びることはないんだ。それだったら、業界誌に数千円の広告を出した方が、まだ仕事の話が来るんだ。そんなもんだよ」興ざめな話だが、これがプロレースの実態である。だけど逆に言えば、こんな状況を覚悟でスポンサーになる会社や人も多数存在しているわけで、それは自転車の世界がとても魅力的だからとも言える。結局、金で夢を買っているのだろう。

たしかに、Skyの名が世界に轟いたところで「ではSkyとの契約に切り替えよう!」と思う人は稀でしょう。そもそもSkyを契約できるのは一部地域のみ。またクイックステップがいかに最強のチームであろうとも、わざわざクイックステップの床材を探して家に敷こうと考える人はほとんどいないでしょう。日本では事業自体展開されているのかすらも定かではありません。もちろん、たまには知名度が上がることに意味があることもあります。今は訳あってイギリスの地方都市在住中の私を例にすると、ドゥクーニンク・クイックステップのサブスポンサー、LIDL(格安スーパーマーケット)の看板に親近感を覚えるのでよく利用しています。ロンドン在住の友人はLIDLの名前すら知らないというのに。

現在のロードレース界のビジネスモデルはどうなってるのか

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(ツール・ド・フランス主催者ASOの社長、Jean-Étienne Amaury。ASOはツールの主催者としてだけでなくダカール・ラリーなども主催する会社。)

さて、ではもっと具体的に言うとどういうビジネスモデルなのでしょうか?どのようにして関係者はお金を稼いでチームや大会の運営費に回しているのでしょうか?若干繰り返しになりますが、栗村さんのブログより引用です。

現在のロードレース界のビジネスモデルというのは・・・、

主催者がプロレースを開催するということをベースにまずはイベント(レース)を企画

主催者の収入源は、自治体、企業などからの誘致料(補助金)及び大会スポンサーからのスポンサー料、そして放映権料が中心

チームというのは上記レース(露出が大きいレースほど価値が高い)に出場して、更にそこで好成績を残す(更に露出価値が高まる)ことでスポンサー企業のPR(露出)に繋げるという口説き文句をベースにチーム運営を企画

チームの収入源は、チームスポンサーからのスポンサー料がメインで、レース主催者から得られるギャラや賞金は全体の割合からみると大きくない上にそれらは選手やスタッフ個人へ分配されることが殆ど

という様に、レース主催者と各チームの”お財布”が別々になっているのが現状です。

「レース主催者と各チームのお財布が別々になっている」、これが全てを物語っています。例えばツール・ド・フランスを主催するASOは企業や自治体からスポンサー料・補助金・放映権料を手にしていますが、ASOからチームに渡されるのは少しのギャラと賞金だけ。これが何を意味するかというと、ドラマや熱狂を生むレースそのものからチームや選手に入ってくるお金の量が非常に少ないということです。これが、いかにレースが盛り上がろうともチームにはお金が入らず、スポンサーからのお金に頼らざるを得ないという状況の所以であり、先述のイタリア人弁護士が言うところの「プロチームが収入を確保するシステムを持たないという構造的な欠陥」なのです。

新しいビジネスモデル、Velonのハンマーシリーズ

この膠着した状態を切り崩そうと、2017年に始まったのが話題のハンマーシリーズ(シクロワイアード記事)。

Velonは、例えばサッカーやNBAなど、他のプロスポーツの多くが採用しているリーグ形式を目指しており、レース主催者が獲得する収入源を各チームへ均等に配分する方向を模索していくのだと思われます。具体的には・・・、

◯レース主催者とチームが同じ枠組み(リーグ)の中に存在し、レース主催者が獲得する放映権料や大会スポンサーからの収入を各チームへも分配する

◯各チームの運営基板が安定し、チームスポンサーの経営状況や方針などで一瞬でチームが消滅するような最悪の事態を回避する

◯主催者とチームが一体となり、より魅力的で商品価値の高いスポーツコンテンツを開発していく(=ロードレース界全体で収入を増やしていく)

という感じになっていくのでしょうか。

ちゃんとレース収入をチームにも分配しよう!という素晴らしい試みです。2017年、2018年シーズンと成長を続けるハンマーシリーズですが、正直なところ、サッカーでいう4大リーグ(※)、バスケでいうNBAのように、選手たちが夢見て目指す場所になるためにはまだまだな側面はあります。気分転換のための変わり種レースというのが私が初めて見たときの感想でもありました。それでも、Velonが新たな風をロードレース界にもたらしていることは間違いありません。

※リーガ・エスパニョーラ(スペイン)、ブンデスリーガ(ドイツ)、プレミアリーグ(イングランド)、セリエA(イタリア)の欧州4リーグ

悲観しすぎることはない、全てのスポーツビジネスは発展途上だから。

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(英プレミアリーグはSkyがビジネス化にいち早く目をつけて放映権を獲得。その後の放映権料高騰により莫大な収益をあげた。今でもイギリスではSkyもしくはBTSportsと契約しないとプレミアリーグの試合は観戦できない。)

最後に、筆者個人の見解を。サッカー/バスケのリーグはこんなにうまくいってるのに、なんで自転車はこうもだめなんだ!という論調にもなりがちなこの「ビジネスモデル」論争ですが、何点か違和感を覚えます。

ひとつは、サッカー/バスケと自転車では比較するにはあまりに共通点が少ないという点。何かの成功事例をベンチマークにするときの原則は「なるべく近い条件で」。スタジアムもない自転車ロードレースは、サッカーやバスケとは特性が異なるユニークな存在です。サッカーと自転車の共通点は、”ヨーロッパを中心に世界各国で愛されているスポーツ”くらいしかないことを考えると、比較して優劣を決めること自体がナンセンス。もちろん「サッカーやバスケは全く参考にならない」というのは暴論で、取り入れるところは取り入れたほうが良いですし、知っていることと知らないことには大きな差があります。

もうひとつは、「サッカー/バスケのリーグはこんなにうまくいっているのに」という点。この記事書くにあたっていろいろ調べていてわかったのですが、彼らは彼らなりに難しさを抱えています。われわれ自転車ファンにはなかなか届かない情報ですが、Jリーグクラブの収入の半分はスポンサー収入(参考)で、全53チーム中22チームが営業赤字に陥っており、ヨーロッパの各リーグのクラブは高騰しすぎた選手の移籍金にクラブ経営の財政が圧迫され、破産とともに消滅してしまうチームが続出した時期もありました。今でもファイナンシャル・フェアプレーという制度の運用に四苦八苦しています。スポーツをビジネスと捉えると、リーグもクラブも選手も観客も住民も、全方面ヨシ!なんて簡単に実現できるものではないのです。

Jリーグ創設に心血を注いだ広瀬氏はこう言っています。

スポーツを商品という観点から考えると、ほかと比べて最もユニークな点は「公共性」だろう。スポーツを生み出した欧米では、早くからスポーツは公共的な存在であると認識され、世界的にもその考え方が主流である。実際、89年の欧州におけるスポーツ憲章においても、それは公共的なものと明確に位置づけている。

したがって、必ずしもすべてを市場に委ねる必要はないし、市場になじまない側面も多々あるのは事実。施設の多くが自治体のもの、つまり税金で賄われていることも世界共通である(サッカーというビジネスの事業規模から考えて、スタジアム建設という初期投資の額はまったくと言っていいほど不合理である)。

これがスポーツという商品の最大の差別化要因であるならば、そのマーケティングは「公共性」という市場に委ねられないものを前面に出すことがオーソドックスな対応である。つまり「儲け」を前面に打ち出すことは、最大の差別化要因である「公共性」を阻害し、結果として儲けることを困難にするという矛盾した側面がスポーツ産業には存在するのである。

スポーツビジネスにおける「儲け」についてとことん考え、サッカーはビジネスたりえると結論づけた著者が言うからこそ説得力があります。確かに、たとえビジネスモデルが成立しなくたって、スポーツを「プレーする」「観戦する」ことを人がやめることはない。人々が余暇を楽しめるような生活をしている限りは。スポーツは文化と言われる所以でもあると思います。

だから、今のままでも自転車ロードレースがこの世からなくなることはないし、Velonを始めとした取り組みを進める自転車ロードレース界は決して歩みを止めてるわけじゃない。日本でも独自のリーグを立ち上げようなど、新たな取組が始まっている。改めて振り返ってみれば、明らかに進歩しているんです。だから、問題提起はどんどんしてくべきだけど、お先真っ暗だみたいな感じで話すことはやめよう。辛気くさいから。そう思うのです。

きっと業界の中にいればいるほど、その問題の根深さがわかるのでしょう。そして、そういった一見ネガティブで冷静で客観的な視点は前に進むためには絶対に必要です。だからこそ、私のようなただのいちファンは、呆けた面で新しい取り組みを純粋に楽しみにしているのです。

この30年、日本にはロードレースのブームを作れたと思うんです。ただ、ブームはいずれ衰退します。今後30年は文化作りだと思っています。それはとても大変なチャレンジですが、平成元年、17歳の時に今のような世界は、夢には見ていましたが全く現実的ではありませんでした。それが今、現実化している。だから諦めずにやっていけば、何か形になるんじゃないでしょうか。

自転車ファンのみなさま、いっしょに文化をつくっていきましょう。

参考ソース

 

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