アメリカ期待の星ウィル・バルタ。U23時代のコーチがその3年間をデータと共に振り返る。
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ヴェルタ第13ステージ個人TT。最後の最後にログリッチに1秒差でステージ勝利をさらわれたウィル・バルタを覚えているでしょうか。

聞いたことあるな…と思ったら、TrainingPeaksブログの若手選手育成記事(注:2019年1月、約2年前なので情報古いです)に登場していた選手でした。ロングインタビューと共に細かいデータも公開していて気になっていたものの、当時はバルタの名前を聞いたことがなかったので本ブログには取り上げず。今年の活躍も勿論ですが、名門育成チームであるアクセオン(ジョージ・ベネットやゲイガンハート、アルメイダなどを輩出)出身の選手ということで学ぶことも多いのではと記事化にいたりました。見慣れない言い回しも多く苦労しましたが何とかまとまったので是非ご一読を。

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ヨーロッパのU23カテゴリーで成功するための条件

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バルタのU23時代のコーチの名前はネイト・ウィルソン。U23カテゴリー1年目2015年シーズン終了間際の10月から2018年シーズン終了まで、3年間バルタの指導にあたりました。

彼によれば、ヨーロッパでのU23カテゴリーレースで成功を収めるために必要なパフォーマンスとトレーニングの条件は以下の4つ。

  1. 山頂トップ10フィニッシュ達成のための最低基準3000kJのライド(例:208W*4時間程度)後に20分間5.5-5.8W/kgで走ることができること。
  2. 優れた有酸素能力4W/kgの一定出力で4時間走った際に心拍数の上昇が5%以内に収まること。
  3. よく計画された冬季トレーニング11月1日~2月28日の所謂オフシーズンに約300時間のトレーニング(平均で約17時間/週)ーを実施していること。
  4. 疲労した状態での優れたパフォーマンス:定量化はまだできていないが、2500kJのライド(例:231W*3時間、198W*3.5時間など)に一定のパフォーマンスを発揮できること。

この4つから逆算しての計画をコーチは立てていったのだそうです。残念ながら数字の具体的な根拠は示されていませんが、選手/コーチとしての自身の経験とデータ分析から独自に導き出した仮置きの目標と言ったところでしょうか。

アメリカのジュニア代表として欧州遠征も経験し、国内外のレースで良い結果を残しアクセオンからのオファーを獲得したバルタ。加入1年目の2015年はバルタにとってU23カテゴリー最初の年。ツールドブルターニュで総合8位、ソレルが総合優勝したラブニールの山岳ステージでトップ10に入るなど一定の成績を残しましたが、同時にジュニア時代からのレース距離/強度の変化に体が追い付かずシーズン中盤に膝を壊してしまいます。また、この年から本格的にパワーメーターを使ったトレーニングを始めるも迷走。

U23カテゴリーで成功するために、バルタはコーチをジュニア時代から今まで育ててくれた人物からウィルソンに変えることを決意します。

2016年:疲労状態でのパンチ力強化

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2015年はパワートレーニングを始めたばかりということもあり平均出力ばかりに気を取られていたというバルタ。ウィルソンコーチは、バルタの優れた有酸素能力を保ちながらも、疲労がたまった状態でのパンチ力を鍛える必要があるとして、高強度-テンポ走インターバルやSFR (slow frequency repetitions) といったメニューに注力します。

6月にカナダで開催されたステージレースTour de Beauceでコーチはバルタが一つの壁を越えたと感じます。山頂フィニッシュで6位。他ステージのリザルト自体はパッとしなかったものの、それはチームメイトをアシストしたからでありパフォーマンスには明らかな向上が認められたと。さらに全力で挑んで良いと言われた個人TTステージでは6位となり、ウィルソンコーチはその適正を確信。個人TT能力向上にも注力することを決めます。

When strength improves, they may gain access to some racing tactics they realistically couldn’t execute before. But there’s often some trial and error when figuring out those tactics.
強くなればなるほど、選手たちは今まで現実的に実行できなかった戦い方をレースで発揮できるようになる。ただし、どんな戦い方ができるようになっているかを把握するプロセスはトライアル&エラーになる。

ウィルソンはバルタのパフォーマンスについて「2500kJのライド後の20分出力」を一つの基準に定めることとしました。Beauceでの最終盤の登坂での20分間出力は323W(約5.5W/kg)。これをスタート地点としたのです。さらに2016年シーズン終了後レビューにて、バルタは体重が足りない(もしくは必要な栄養を取れていない)ために疲労がたまりやすくなっていると判断を下した2人は、2017年シーズンは体重管理にも優先順位を置くことにしました。体重を低く抑えるのではなく、ちゃんと食べているかどうかを確認するために。食トレですね。

2017年:絶好調からの不調

…something clicked and I began to enjoy it more again. Like anything, it’s more fun when you’re doing well.
何かスイッチが入ってもう一度楽しくなってきた。他のことと同じように、調子が良いときの楽しさは増すものだ。

春先出場した4つのステージレースすべて総合11位以内、U23リエージュ~バストーニュ~リエージュで4位など安定して上位のリザルトを残します。いくつかのビッグチームが獲得の興味を見せ始め、バルタにとっては上々のシーズンスタートとなりました。

オフシーズンになにか特別なトレーニングを大きく変えたり、その量を増やしたわけではありません。オフシーズンである11月から2月にかけて行ったトレーニング量は、2016シーズン前は283時間、2017シーズン前は288時間。それなのになぜパフォーマンスが向上したのか?という問いにはこう答えます。

I believe that sometimes athletes are doing the right work, but the timeline is one they don’t have the patience for… always be critical of the work you are doing, but if you arrive at the conclusion it is good work, be willing to see the timeline through.
正しいトレーニングを積んでいても、時間軸に辛抱できない選手がかなりいる。自分がしていることを批評的にとらえるのは良いことだが、もし正しいトレーニングができていると結論付けたなら、どれくらいの時間軸で効果が出るのかを見極めるべきだ。

一転、シーズン後半は残念な結果に。ベビージロでは総合8位につけながらも途中でDNF。ベルナルが総合優勝を遂げたラブニールでも精彩を欠き勝負はおろか、ステージTOP10に絡むこともできずU23一年目にも劣るリザルトとなってしまいます。その原因は疲労。春先に数多くのレースに出場しトップパフォーマンスを発揮し続けたことで慢性的な疲労状態になってしまっていたのです。

It’s easy to feel that you are right there and just need one last push, but you must listen to your body and trust the hard work you put in beforehand.
「最後にもう一押し」とすぐに思ってしまうけど、体によく耳を傾けて既に行ったハードワークを信じることも大事なんだ。

2018年:疲労管理+繰り返し可能な20分間出力強化

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疲労とどう付き合うのか?というのは意外と難しい問題で、そのためにコーチとバルタが出した答えは、疲労をモニタリングするとともに、疲労に耐える体を作るためメニューを少し変えること。

「2500kJのライド後の20分出力」を一つの基準に定めながらも引き続きパンチ力強化を念頭にメニューを組んでいた彼らは、山岳ステージで先頭集団に残るための20-40分間出力の強化を始めます。ただし彼らが強化を目指したのは単発の20分間出力ではなく「繰り返し可能な」20分間の出力でした。高強度-テンポのインターバル走の高強度時間を延ばすだけという、積み重ねてきたメニューへの変更が最小限となる手法を取ります。ちなみに最終的にトレーニング目標とした値は、20分3セットすべての平均が340Wとなること。そしてその3セット目は2500kJライド以降に行うということでした。

結果としてバルタは大きくパフォーマンスを向上させます。ツアー・オブ・カリフォルニアの山頂フィニッシュでは全U23選手中2位、さらにベビージロのクイーンステージで3位という自身最高の走り。落車で完走はならなかったものの、そのままフィニッシュしていれば総合トップ10も間違いなかったパフォーマンスを見せます。完走出来なかったこともあり「ビッグチームからオファーがもらえるかどうか確信はなかった」というバルタですが、ノーマークの逸材はこうした走りを評価され、エージェントの助けもありBMC(のちのCCC)から声がかかったのです。

ちなみに以下の表がバルタの3年間の成長の軌跡。必ずしも右肩上がりの数値でない部分もありながら、山頂フィニッシュを意識した重点強化項目「2500kJライド後の20分パワー」については一環して向上(323(約5.5W/kg)⇒348⇒367)しているのが見て取れます。

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Photo credit: TraningPeaks

たった一人のものがたり

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2019年からCCCとの2年間の契約を勝ち取ったバルタ。しかし今年はスパンサー降板などの事情もあり、あわやチームが見つからないかもしれないという状態でした。そんな逆境の中ヴェルタで素晴らしい走りを見せ、EFとの契約を手に。来季は別府&中根両選手のチームメイトとなるバルタのこれからの走りに期待しましょう。

What we hope to put forward here is not a “how-to guide,” but a view of how we did things, what our thought process was, and what we tracked and placed importance on. I’m sure we made mistakes, but I’m confident those mistakes helped us year-to-year, and will help Will in the future.
ここで伝えたいのはハウツーガイドじゃない。我々がどのように事を行ったかーどのように考えでプロセスを組み立て、何を追跡して、何に重点を置いたのかーに関する振り返りだ。もちろん過ちもあったが、その過ちが1年1年我々の助けとなたっということ、ウィルの将来の助けとなるだろうということは、自信をもって言える。

選手の成長のために非常に大事だと言われ、裏を返せば非常に難しい時期とも言えるU23時代。何かの参考になれば幸いですが、元記事の執筆者も言っているように、これはハウツーではなく、たった一人の選手に関する成長ストーリーです。

多くの人に当てはまるように少し無理してこのストーリーのレッスンを一般化して言うと「長期のプランを立てる」「プラン全ては上手くいかないから振り返りで修正する」ことが大事、というどこかで聞いたことあるような話ですが、大事だからどこかで聞いたことがあるのだと思うのです。そして計画&振り返りが苦手人間としては耳が痛いのです。

参考ソース

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