あんぜんのことについて語るときに僕の語ること。ロードレースを例に基本的な考え方をやってみた。
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レース再開後、落車等が多発したロードレースシーン。

あんぜんについて語るとき、私たちは感情的になりがちです。死について考えることになるのですから、それは必要なことですし、責めるべきことではありません。ただ必要以上に精神的に疲弊してしまうというデメリットもあります。そこで役に立つのが論理的なアプローチ。冷静に大局観をもてることがメリットです。ただし、ロジックというのは正解のない問いを前にすれば無力ですし、心にも響きません。感情的なアプローチと、論理的なアプローチどちらも必要なのがあんぜんという問題。

今回はどちらかというと論理的なアプローチであんぜんを考える手法をメモに落としましたので、自転車に限らず日常生活であんぜんについて考えるときに参考にしてみてください。ロードレースを例に、労働安全衛生におけるハザードとリスクの定義を使って説明します。

1.何がハザード?

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まずは、なにが危ないのか?ということを考えます。当たり前ですが。

あるプロジェクト、イベント、シナリオにおいて、事故など良くないことが起こる原因になりうるあぶないものをハザードと言います。

大きく2つにわけると

  • あぶないモノ
  • あぶない状態

のこと。

例えば100人程度の労働者が従事するインフラ系プロジェクトでは、業者に依頼するとざっと500くらいのハザードが特定されるのですが、ロードレースについても同じくらい、もしくはもっと多く特定されるのではないでしょうか。

車について考えると、「サポートカー」「カメラモト」「審判車」「市民の車」など。

道について考えると、「滑りやすい路面」「狭く急カーブが続く下り坂」「鋭利な突起物がついたバリケード」「段差」「中央分離帯」など。

「感染症」「暴動」「動物」「天気・環境」などもハザードとなり得るでしょう。

2.そのハザードでだれがどのように影響を受けるの?

続いて、そのハザードによって、だれがどのような影響を受けるのか?どのような良くないことが起きるのか?ということをクリアにします。

例えば、最近のレースで起こった

「市民の車がコース内に入ってきて走行中の選手と衝突する」「狭く急カーブが続く下り坂で選手が落車する」「選手同士の接触でバリケードに選手が衝突する」

といったシナリオが、これにあたります。

一つのハザードに複数のシナリオが付随することもあり得るでしょう。

ハザード(あぶないモノや状態)というのは、そこにあるだけではリスクにはなりません。たとえ無人で200km/hで走る車があったとしても、車内にも周囲にも人がいなければリスクではありません。同様に、いかに滑りやすい路面があろうと、急カーブが続く下り坂があろうと、そこを自転車で走る人がいなければそれはリスクではありません。

人がいて、はじめてハザードがリスクを生む状態になります。逆に言うと、人がいるというだけであらゆるものがリスクを生む状態になるのです。

3.そのハザードでなにか良くないことが起きるリスクはどのくらい?

どのような良くないことが起きるのか、ということがクリアになったら、次はその事象が起きるリスクはどれくらい?という評価をします。

ここでは、リスク=可能性×重大性、です。

可能性とは、どのくらいの確率/頻度でその良くないことが起きるのか?ということ。

重大性とは、もしその良くないことが起こってしまったら、どのくらいひどいことになるのか?ということ。

※ちなみに金融商品においてはリスクというのは単に「不確実性」を指し、良いことが起こる事も含まれます。ややこしいですね。

この可能性と重大性の2つをかけあわせることで、リスクが低いか高いかというのを判断します。可能性については、「業界で○○年に一度起こる程度」「少なくとも年に一回は起こる」といった基準が、重大性については「複数の死者」「入院が必要となる怪我」といった基準がよく使用されます。

例えば上記のリスクマトリクス(あくまでイメージ)ですと、

  • 重大性=”中程度”&可能性=”中程度”であればリスクは中程度
  • 重大性=”非常に大きい”&可能性=”低い”場合であればリスクは高い

となります。

リストアップされたハザードと、それが要因で起こる良くないことの可能性と重大性をひとつひとつ評価していくことで、それぞれのリスクが決まっていきます。

たとえば「隕石」というハザードが特定され、「隕石がプロトンを直撃して全選手の半分が死亡、もしくは重傷を負う」というシナリオが挙げられたとします。そして重大性=”非常に大きい”&可能性=”非常に低い”とされた場合、リスクは”中程度”ということになります。(この結果に違和感がある場合、リスクマトリクスに欠陥があるか、もしくはリスク評価が正しくできていないなど、ここまでのステップでミスを犯していること可能性が高いです)

4.どのリスクの対策とる?

500~1000のハザードに対するリスクが評価できたとして、そのすべてに対応するというのはリソースの問題から現実的には不可能ですから、どのリスクに対して対策を打つのか選んでいくことになります。「高いものから順番に、できる限り」というのが基本です。

5.そのリスクをどうやって減らすの?

これについてもリスクが特定されていれば自明な部分も多くあるのですが、リスクを減らす方法は一つではありません。こちらを考える際にもある程度系統だった手法がありますので、別の機会に紹介できればと思います。

基本的には2つのアプローチ、

  • 可能性を減らす=そもそもできるだけ良くないことが起こらないよう対策を打つ。
  • 重大性を小さくする=例え良くないこと起こってしまったとしても結果がひどくならないよう対策を打つ。

です。

例えば「市民の車がコース内に入ってきて走行中の選手と衝突する」というリスクを減らすためには、

  • 「レースを開催しない」(リスク除去)
  • 「車両侵入口すべてにバリケードを張る」(エンジニアリング)
  • 「立哨員を置き市民の車を監視」「住民への周知徹底」(管理)
  • 「選手がヘルメットを被る」(保護具)

といった手段などが考えられます(上に行くほど効果が高い)。

6.その対策、効果はあった?

最後に、その対策は効果があったか?とチェックします。事故は実際に減ったのか?副作用はなかったか?などなど。。

効果がなければ中止もしくは改良を、効果があれば継続をすることになるでしょう。

さいごに。モヤモヤとのたたかいはつづく

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あんぜんについて考えたり語るときに、私たちはどうしてもモヤモヤします。今回紹介したような系統立てた手法を使うと遠回りせず、効率よく考えることが出来るのですが、それでもなおモヤモヤは残るでしょう。というか書いてる私自身がなんだかモヤモヤしてました。そのモヤモヤの正体を、今回紹介したステップのひとつひとつから紐解いてみたので最後にまとめます。

モヤモヤポイント1。全体像が見えない。

私たちはたいてい何か良くないことが起こってから「なんかしなきゃ!」と考えるので、ステップ1~3を飛ばしてしまいがち。起こったことばかりに目が行って、起こらなかったけどその可能性があったことについてはほとんど考えません。つまり、全体が見えておらず、いきなりステップ4の対策から考えようとします。経験豊富な人であれば、500-1000もののハザードを漏れなく特定し、本当に重要ないくつかを選んで深く掘り下げることも、もしかしたら全てを特定せずとも確度の高い仮説を立てることもできるでしょう。でも、私みたいな一般人には経験も時間もエネルギーも足りないので、話題になってることや気になってること位しか考えることができません。レースと公道トレーニングでは抱えるリスクは全く異なりますし、プロレースとアマチュアレースでも然り。考えがあっちこっちにいって全体像を掴めないので、いつもなにか大事な事を見逃しているような気がするのです。

モヤモヤポイント2。リスク評価の基準があいまい。

ステップ3のリスクマトリクスの中身をしっかりみてみると、その曖昧さに気づくはずです。重大性が同じで可能性が低くなるのであれば、リスクも低くなるだろうと納得できます。では、重大性が大きくなる一方で可能性は低くなる場合はどうでしょうか?リスクは高くなるのか、低くなるのか、それとも同じなのか、そこには明快なロジックがありません。たとえ的確にハザードが特定できたとしても、それらすべてを万人が納得できるようにリスク評価を下すことは至難の業。様々な業界団体や企業のリスクマトリクスの中身がずいぶん異なることからも、そこには価値観とか慣習とか、その時の都合といった曖昧さが幅を利かせていることは自明です。

モヤモヤポイント3。どこまでリスクを受け入れればいいのかわからない。

COVID-19パンデミックで引き起こされた一連の議論によって既に気づいている方も多くいるのではないかと思いますが、仮にリスク評価が納得できるようなクオリティに仕上がったとしても、じゃあどこまで対策をとればいいのか?というステップ4での決断は案外難しかったりします。倫理的に必要とされる範囲で、というのが正解となるのでしょうが、モヤモヤポイント2同様に、ここにも明らかに曖昧さが存在します。

モヤモヤポイント4。効果の実感・検証が難しい。

最後はステップ5&6でのモヤモヤ。リスク低減策の効果に対する問題です。こと安全対策において、「進研ゼミに入ったらテストの点数上がって部活で全国大会にも行けて可愛い彼女もできた!」「転職したら年収が2倍に!」というような、1年スパン程度のわかりやすいストーリーが語られることはほとんどありません。リスク低減の成功「長い間良くないことが起こらなかった」というのは、言い換えてしまえば「何も起こらなかった」ということなので、効果の実感・検証がとても難しいのです。

ということで、一見論理だてて説明できたようにみえる今回紹介した安全対策手法ですが、実のところかなり不完全。しかし、だからと言ってランダムに思いつきでやってみるというのはただの怠慢ですので、まず最初から最後まで全体感をもって考えてみることは、決して無駄な事ではないと思います。ちなみに、安全対策に限らず巷に溢れるいろいろな理論や手法、フレームワークというものはたいてい不完全です。手法そのものよりも「ただし、○○である」といったような留意点、但し書き的な要素が実はものすごく大事ということはしばしばあります。「○○できるようになるたった5つの方法!」のようなハウツー情報が溢れる世の中ですが、必ず留意点も見るようにしたいところですね。

 

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