天才とは?「4月生まれの子は成績もいいしスポーツもできる」という不自然な事実から私達が反省すべきこと
Photo by Markus Spiske on Unsplash

今日のブログのテーマは「才能」について。スポーツなり勉強なり音楽なり、なんでもいいから本気で取り組んだことがある人が一度は思ったことがあること、それは「自分には才能がない」ということ。それはどんなレベルでも起こりうることです。欧州挑戦をするものの挫折し、若くして一度は自転車から降りた岡篤志選手が、デルコ・マルセイユ・プロヴァンスに加入して欧州再挑戦をするという知らせを聞いて感化されたというのもこのテーマで書いてみようと思ったきっかけです。

Embed from Getty Images
(△デルコ・マルセイユはパリ〜ニースやパリ〜ルーベといったワールドツアーレースにも参加している強豪プロコン。)

ということで、現実という壁にぶち当たり、自分の限界に悩める無数のおじさんおばさんと、一握りの若者に元気をだしてもらおうという魂胆で筆をとりました。

スポンサーリンク

天才とはなにか?あらゆるゲームは芸術であり、天才的なプレーは芸術的な表現である

Embed from Getty Images
そもそも才能があるということ、天才であるということは何を示すのでしょうか?全然自転車関係ないのですが、現代芸術家の村上隆さんの言葉を引用しながら考えてみましょう。ちなみに村上さんの言葉を選んだことには他意もなければロジックもありません。

まず一つの考え方は、「同じレベルの人がいない」ということ。

天才とは何かといったら、特にピカソの場合は、いまだにぼくが思うのはブランディングと、あと同時代に、他に彼レベルの作家がいなかったというだけなのではないかということです。

つまり、あくまで相対的なものだという考え方です。地元の中高で「天才」と呼ばれた少年が東大に進学して「凡人」になってしまうメカニズム、日本で「天才」と呼ばれた選手が世界で「凡人」になってしまうメカニズムはこれで説明できます。ちなみに、村上さんは「ピカソは才能がない」とこき下ろしていますがそれは別の話。

もう一つ、天才であるということは、「超越的な表現能力を持った表現者」ということだという考えもあります。

ぼくの解釈では、天才とは「超越的な表現能力を持った表現者」のことです。これはフットボールプレイヤーでも、イチローのような野球選手でも、そういう表現者だといっていいと思います。

超越的な表現能力ってなんだそれ。空中浮遊とかかな。とあらぬ誤解を招くといけないのでさらに引用しましょう。

「AKB 48 は芸術か」という問いがあったとしましょう。AKB 48 の活動すべてを見て芸術とはいえないかもしれません。しかし、AKB 48 の成立する仕組み、ルールを理解し、新人だった女の子が必死にパフォーマンスをし、そしてあるコンサートでは、素人に毛の生えたような頃とは見違えるようなとてもすばらしい歌声を披露したら、「おお、これは芸術的である」と言えるでしょう。それはルールと状況とファンたちが造り上げる脳内コンテクストの中での話です。サッカーでもコンサートでも、これは本当に天才的なトリックプレイだと、今日は本当にすごかったという時、人間があるフォーマットの中でプレイする時に出てくる表現域が期待値を超えた時、それは芸術的な表現であると、言うことができると思います。

しかし、そうした瞬間を持つものである以上、あらゆるゲームは、芸術として成りたつのかどうかという設問にはYESというしかないのではないか。つまり、あらゆるジャンルにおいて芸術というのは成り立つとぼくは思っています。

つまり、誰もが予想もしないWOW!と言わせるパフォーマンス、誰しもの期待を上回ることができる選手を人々は「天才」と呼び、そのプレーを「芸術的だ」と評するのです。サガンやマチューなんかはこの典型でしょう。前者と比べ、こちらはあくまで主観的な話ですね。

ただ、こちらの主観的な考え方をするにしても、天才であるということは何か他の人とは「違い」があるという相対的な側面もあるということに変わりはありません。

ではなぜその違いは生まれるのか?いかにしてチャンピオンは生まれるのか?

その答えを、以前の記事では「チャンピオンになれるかは才能で決まる。才能を開花させられるかどうかは、その選手自身が正しい練習をできるかで決まる。コーチはそのサポート役になりうる」と結論づけました(詳しくは下記)。

言葉で言うのは簡単ですが、指導者にとっては実はとても大変なこと。なぜなら指導する選手が一人じゃないから。

もしすべての生活を投げ打ってマンツーマンで対応できるのであれば、指導者も正しくサポートできるかもしれません。でも残念ながら、人ひとりの時間とリソースというものは有限であって、伸びない選手をどうしても短期間で見限ってしまい、結果としてサポートが手薄になった選手はモチベーションも下がるという事が往々にして起こるのです。

スポンサーリンク

Twitterでもタイムリーにつぶやいてます