マチューとワウトのライバル物語。デヘントに「ロードレース出場禁止の嘆願書を…」とまで言わせたシクロクロスの王者たち。
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アムステル・ゴールドレースを始め春先のクラシックで暴れまわったマチュー・ファンデルプール。2015,2019年のシクロクロス世界王者。

ドーフィネで個人TTステージで優勝したと思ったらスプリントでも勝って世界を驚かせたワウト・ファンアールト。2016,2017,2018年のシクロクロス世界王者。

共にまだ24歳の若武者です。デヘントに「今後4年間ロードレース出場禁止の嘆願書を書くからみんなサインしてくれ」とまでネタツイートさせたこの2人(ちなみにもうひとり、エヴェネプールもその中に含まれていました)は若い頃からずっとライバル。その類まれなる強さから一時は不仲説まで流れましたが、良きライバルとして知られています。

以前のブログで実はあえて触れなかった部分がこのマチューとワウトのライバル物語。今こそシェアしたい話だ!と思い書き始めた次第です。

輝きのファンデルプール・粘りのファンアールト

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(2015年にエリート世界選手権を21歳で制したファンデルプール)

ファンデルプールのプロキャリアは、ベルギーのライバルであるワウト・ファンアールトと切っては切り離せない関係にあります。2014年、ファンアールトがU23の世界タイトルを手にした時、ファンデルプールは3位。翌年、共にエリートの世界選手権デビューしたときもまるで前年のU23レースを見せるかのような走りでファンデルプールが優勝、ファンアールトが2位。その後もファンアールトは2016、2017年と2年連続で世界選手権を制し、一方で調子が良い時のファンデルプールはワールドカップ等の一級レースを圧倒的な力で制しました。

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(ファンアールトは2016年から世界選手権3連覇)

ファンデルプールとファンアールトの最たる違いは走り方・魅せ方にあります。ファンデルプールが卓越したハンドルさばきで自転車を操るのに対し、ファンアールトはそのスタミナとパワーに定評があります。ファンデルプールの方が身体的能力が高いとすれば、ファンアールトは精神力が強いと言われます。メカトラが起きたり調子が悪かったりすると、ファンデルプールはたまにフィニッシュまで流して走ったりする一方で、ファンアールトはどんな状況でも最後まで全力を尽くします。

ファンデルプールは意志の弱さが一番の弱みだと自分でも認めています。

“My weakness in the past was the running sections, because I could never do running training, especially the uphill sections running, but I think I have improved that as well this year,” Van der Poel said. “Now my biggest weakness may be when I have a really bad day, I don’t keep the fight long enough, and I tend to give up and focus on the next race. For now that doesn’t happen a lot, but when you have a really bad day, maybe I should fight a little bit more, but I immediately think about the next races and try to focus on that.”

かつて僕の弱みはランニングセクション(担ぎ区間)だった、なぜなら一度もトレーニングしてなかったから。特に登り区間でのランニングはね。でも今年は上手くできるようになってきた。今の僕の一番の弱みは諦めの早さ。バッド・デイがあるとすぐに諦めて次のレースに気持ちを切り替えてしまうようなところがある

ベルギーで20年以上自転車競技を追うSporzaのレポーターRenaat Schotteは、ファンデルプールが先頭でレースを展開することが得意であることは、秘密でもなんでもないと語ります。

“If Mathieu’s shape isn’t 100%, then for him it’s not possible for him to go in 100%, whatever that 100% still is,” Schotte said. “So, I think his character is not as strong as Wout’s is sometimes. And as soon as he’s not having all of his capabilities, all his possibilities, then he starts doubting maybe a bit too quickly. As opposed to Wout, who is really made of character, and even if he’s fighting for second place, he will almost never give up, and he will still try and hope. And if you ask me, that’s the beauty of the current races.”

「もしマチューの状態が100%でなければ、彼は自分の限界までプッシュすることはできないだろう。自分の100%が出せないとわかった時には、ちょっと早すぎるタイミングで諦めたりするんだ。一方でワウトは例え2位争いであっても決して諦めたりせず、最後まで望みを捨てずにトライする」

伝説のライバル物語を継いだ、若武者2人のストーリー

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(数々の名勝負を繰り広げたアルベルトとネイス)

どちらが勝とうとも、明らかなのはニールス・アルベルト、スヴェン・ネイスというシクロクロス界伝説の2人のライバルの物語をファンデルプールとファンアールトは継いだということでしょう。

アルベルトが2014年に28歳での引退、ネイスが2016年に40歳での引退を相次いで発表した時期に合わせるように、2人はシクロクロス界を席巻しました。そのあいだの世代、Kevin PauwelsやTom Meeusenなど、を完全にごぼう抜きにして。レポーターのSchotteは語ります。

“It comes so fast after the Nys-Albert era. That was about the big duel,” Schotte said. “I don’t think anybody expected to have a duel of this standard so soon. So what lacks for the moment, is that those two guys don’t have the maturity yet of the champs like Niels Albert and Sven Nys at the time. We all knew [Van der Poel and Van Aert] had talent, but we didn’t expect them to be so dominant so early.”

「ネイス-アルベルト時代が終わると共に彼らはやってきた。誰もこんなハイレベルなライバル物語がもう一度こんなにすぐ見れるなんて予想してなかっただろう。彼らが才能ある若者だということはみんな知っていた。それでも、ネイスやアルベルトが持っていた成熟さや貫禄をまだ持ち合わせていなかった彼らがこんなにも早くレースを支配するようになるとは思わなかった」

ライバル関係と確執を煽るメディア

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(ワウトのコーチを務めていたニールス・アルベルト(右))

2016年のこと。ファンデルプールがお皿山盛りのポテトフライをSNSに載せたのを見たSporzaのコメンテーター、Michel Wuytsが「マチューは何でも好きなものを食べて、全員を打ち負かしている」というような趣旨のコメントを残しました(もちろんジョーク)。それに反応したファンアールトは同じく「見てくれMichel、僕もポテトフライを食べてるぞ」とポテトフライの写真を投稿します。ほとんどのファンはこれをただのSNS上のおふざけだと受け取り、実際、2016年にCyclingTipsが行ったインタビューでもファンアールトはファンデルプールとの関係を”良好だ”と語っています。

しかし、2016-2017年シーズンにはその関係が少しシリアスなものとして報道されることが多くなりました。2017年の世界選手権の1週間前に、議論は沸点に達します。ファンアールトのチームのコーチを務めるニールス・アルベルトがマチューの父で指導者でもあるアドリ・ファンデルプールが世界選手権のコース設計に関わっていることを批判したのです。アルベルトはベルギーメディアHLN - Het Laatste Nieuwsにこう語っています。

“I find it strange,” Albert told Het Laatste Nieuws. “Imagine if [QuickStep Floors] team manager Patrick Lefevere was asked for advice on the road world championship parcours. Other riders and team leaders would find that bizarre. I cannot escape the impression that Adrie will outline a course which is to the advantage of his rider in Luxembourg. No rules for that? Can anyone have a say?”

「クイックステップのルフェーブル監督がロード世界選手権のコース設計に関わっているみたいなものだ。奇妙なことだと思う。他の選手やチームはそれをおかしいと思わないはずがない。アドリが彼のチームメンバーに有利なコースを作ったような印象を受けざるを得ない。ここらへんについてルールを決めたほうが良いんじゃないか?」

ファンデルプールは、子供の頃の憧れでもあったアルベルトの指摘に対して以下をツイート。

When Wout became world champion in Hoogerheide on the course that my father had plotted, I did not hear anyone! Always complaining.”

「ワウトが世界選手権で勝った時にも、僕の父はコース設計に関わっていた。そのときは誰も何も言わなかった。みんな批判ばっかりだ」

その一週間後、先輩レーサーであるKevin PauwelsのTweetに反応する形で、マチューは空欄のTherapeutic Use Exemptions(TUE、治療目的使用に係る除外措置)フォームの写真をツイート。

普通ではないそのツイートに、一部の関係者は膝の治療のために休養中のファンアールトがTUEを適用してると暗に批判しているのでは?と騒ぎ立てました(ただし、それも人々が勝手に想像を膨らませてしまっただけにすぎない)。

しかし、マチューはそれとこれとは関係がないと言います。

“Kevin was the first. I thought that was good of him,” Van der Poel said. “I did it mostly because I did not race the World Cup in Italy and spent two weeks training in Spain. Then people soon start to think anything — that I did that, for example, to use cortisone. This was the ideal way to show that this is not so.”

「とても意義あるものだと感じたから、Kevinのツイートに続いただけだ。僕はイタリアでのワールドカップに出ずにスペインで2週間トレーニングを積んでいた。すると人々はこう思い始める。TUEを適用して何か薬物を使っているんじゃないんかってね。あの写真はそうじゃないと証明するためにベストな方法だったに過ぎない」

一方、ファンアールトはこのことについてなんのコメントも残していません。チームマネージャーのNick Nuyensは、メディアHet Niuewsbladに語りました。

“The story is simple,” Crelan team manager Nick Nuyens told Het Niuewsblad. “Wout is faced with a problem and has a reputable doctor. We will not put somebody’s reputation at stake. The doctor has prescribed a treatment; a TUE is not included. To my knowledge Wout has not recently had any control outside of competition. I do wonder what Mathieu and Kevin want to achieve in this. Is this a way to destabilize Wout?”

「簡単な話だ。ワウトは膝の問題を抱えていて評判の良い医者に診てもらっていた。我々は誰かの名声を傷つけるようなことはしない。処方にTUEは含まれていないし、私が知る限りワウトはなんのコントロールをうけたこともない」

そしてまた2人はレースへ向かう

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(2017年の世界選手権ではファンアールトが勝利。ファンデルプールの泣きはらした顔が印象的)

そして2人は1月29日、Bielesでの世界選手権に挑みました。ファンアールトはスタートから先頭を突っ走り、2度目の世界選手権制覇に向けてひた走っていました。その後ろでは、ファンアールトが整然と慎重なレース運びでオフキャンバーだらけで滑りやすい、上り下りが連続するコースをこなしていきます。コースのいたるところに尖った石が泥と氷の下に隠されている難コース。1/8周目が終わって6位につけていたファンアールトは、4/8週目でファンデルプールに追いつきます。お互いに先頭を奪い合いながら、ファンデルプールがパンクしたタイミングでファンアールトは大きく前に出ました。

ファンデルプールのパンクー今回4度目だーはレースの流れを決定づけました。ピットから距離が離れたところで起きたメカトラにより、若き伝説がレースの先頭に戻ることはありませんでした。

バイク交換時点で22秒だった差は、周回を重ねるごとに離れていきます。ファンアールトの優勝から44秒遅れてゴールラインにやってきたファンデルプールの顔は悔しさの涙でくしゃくしゃになっていました。そして、プレスカンファレンスが終わるまで彼が泣き止むことはありませんでした。10ヶ月後となった今(2017/11)でも、その悔しさがこみ上げてくるといいます。

“That was, I think, the biggest disappointment so far in my cycling career,” Van der Poel said. “The year before it was also in Zolder that I couldn’t take the win, and I was really focused on winning in Luxembourg. I had a really good day, and to lose due to some mechanical problems, that’s the last thing you want. And then it’s very difficult to accept it.”

「あれは、僕のキャリアの中で一番がっかりした出来事だった。前の年のZolderでも勝てなかった僕は、今年のLuxembourgに集中していた。調子は良かったのにメカトラで負けてしまうなんて、なかなか受け入れられることじゃない」

もちろん、だからといってファンデルプールがファンアールトより弱いわけではありません。2017年世界選手権までの戦績はファンデルプールとファンアールトの成績は16対8でファンデルプールが優勢です。また、2017-2018シーズンでガチンコ勝負を繰り広げた16回のレースのうち、2回はファンアールトが勝っているものの、13回はファンデルプールの勝ち。

“In my opinion you don’t have to wear the rainbow jersey to be the best cyclocross rider,” Van der Poel said. “Of course I think it’s nice that it’s the one day that everything has to be perfect to be it, and it’s something special. But when I’m in a race, I’m not thinking it would’ve been nice if I was wearing the rainbow jersey. I just keep doing my thing and try to win as many races as possible. I prefer to do it in the world champion’s jersey, of course, but, in the Dutch champion’s jersey [now European champion’s jersey] is nice as well.”

「最強のシクロクロスライダーであるために、アルカンシェルを着ている必要はないと思う。もちろん全てがいつか上手く言って全てを手に入れることができたら嬉しいし、それは特別な気分だろうと思う。でもレース中に考えていることといえば、ジャージを着れるかどうかじゃなくて勝つことだけだ。できるだけ多くのチャンスを手にして勝ちたいと思っている。アルカンシェルを着ながらそれができれば良いけど、いまのオランダチャンピオンジャージだって悪くない」

※ちなみに、この記事が出た2カ月後の2018年世界選手権では再びファンアールトが(マチューは3位)、さらに1年後の2019年にはファンデルプールが(ファンアールトは2位)それぞれ勝利をおさめています。

「ドラマに飢えた」メディアと、若くして大人な2人

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ファンアールトとの関係について、ファンデルプールは"ドラマに飢えた"メディアによって誇張されていると語ります。

“The press really focus in on the fact that we are more competitors than friends,” he said. “I think it’s correct, but I think we are always friendly, and fair, with each other, and we have respect for each other. I think we also, in one way or another, we have to thank each other, because if there was just one of the two of us, then I think it might be a little bit boring. Cyclocross is depending on duels like the battles between me and Wout.”

「プレスは友人としての僕らよりも、ライバルとしての僕らにフォーカスする。もちろんそれは間違ったことじゃないけど、僕らはいつだってフレンドリーで公平で、お互いをリスペクトしている。それから、思うに僕らはお互いに感謝しなければならない。もし僕らのうち一人だけが最強だったら、レースは面白みにかけてしまうだろうから。シクロクロスの盛り上がりには、僕vsワウトのようなデュエルが必要だ」

SporzaのレポーターSchotteも、彼ら2人の間にあるリスペクトになんの嘘偽りもないとコメントを残しました。

“I think they get along quite well,” he said. “You notice that in the interview tents, right after the race, when Mathieu has won, which is almost all of the races this season, then Wout then comes into the tents, he always immediately goes for Mathieu Van der Poel, and shakes hands and congratulates him. I think that says a lot. If Van Aert wouldn’t be able to cope with losing against Mathieu, he never would do stuff like that. He would stick in his own world and go to his seat and get clean. But the first thing he does is step towards Mathieu, and congratulate him. And you can see that it’s from the bottom of his heart, it’s a real congrats. It’s not a show.”

「私が思うに、彼らはお互いにうまくやっている。マチューが勝ったレース(今シーズンはほぼ全レース)直後のインタビューテントに毎回ワウトは足を運び、握手をして彼を祝福する。もしファンアールトがマチューに対して負けることに苛立ちを覚えているなら、そんな事はしないはずだ。自分の世界にこもって自席にもどり、着替えることだってできるんだから。それでも彼がマチューのもとに向かい祝福するのは、心の底からリスペクトしているからだ。本当の気持ちで、ただのショーじゃない」

最後に

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メディアや活動家は、あなたに気づいてもらうために、ドラマチックな話を伝えようとする。そして悪いニュースのほうが、良いニュースや普通のニュースよりもドラマチックになりがちだ。

当たり前ですが、メディアはドラマを伝えようとします。そして往々にして悪いドラマの方が伝わりやすい。「今日も無事飛行機が着陸しました」というニュースなんて本当はそれだけで素晴らしいのに、誰もよんでくれないんです。ツイッターも、ネガティブな感じのほうが拡散しやすいですもんね。残念な話ですが、それが悲しくも愛すべき人間なのであって、騒いだところでどうこうなる問題でもない。

だから、そんな雑音をすっと流して、自分とライバルと競技と向き合う姿勢がスポーツ選手には求められているのかもしれません。マチューとワウトは、若くしてそんな力強さを身につけたようにみえます。最後に、最近のお互いの活躍をたたえあう2人のやりとりをば。一回翻訳したのですが、ニュアンス伝えられなかったのでこのままにしておきます。

参考ソース

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